天体観測
「うん。やっぱりこの味だね」

「豆減ってたけど、誰か入れたんか?」

僕が村岡を指さし、マスターは子供のように笑った。

カウンター席から見るみんなは、眠っているように見える。マスターが言う、心ここにあらずの状態っていうのはきっと僕だけだったのだろう。

「何か見つかったか?」

僕は「何も」と言い、椅子を回して体ごとテーブル席の方を向いた。

「ホンマに何もなかったんか?」

「本当に本当だよ。それより何処行ってたの?店空けるくらいなら手伝ってくれればよかったのに」

マスターは二本目の煙草を取り出して火を点けた。

「まあ、みんなが起きたら言ったるわ。ところで、もう一回聞くけどホンマに何もなかったんか?」

僕は黙って頷いた。みんなが起きる気配はない。

「そうか。こんな暑い日にご苦労さん」

「何か見つかれば、きっと暑さなんてどうってことなかった」

「そうやろうな。まあ、二年も前の事件ならまだしも、事故の犯人を見つけるなんて至難の業やろ。気長にやればいいんちゃうか?」

「隆弘は今、死んでもおかしくない。だから出来るだけ早く見つけたいんだ」

「それはわかるけど物事には順序がある。一を知らん人間が十に辿り着くことはない。少年はまだ一も見つけられてないやろ?」

僕はまた椅子を回して、今度はマスターの方を向いた。マスターの顔は驚くほど真面目で、隆弘の危機を知らせに来た父さんを思い出した。

「とりあえず焦ったらあかんよ。な?」
< 82 / 206 >

この作品をシェア

pagetop