ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
3 草食男に迫られた場合の、かわし方
     ☆☆☆☆☆



11月も半ばを過ぎ、他の
業界でもそうだろうけど、
あたし達にとっても忙しい
時期がやってきた。


年内の顧客獲得数が今年の
総成績になるから、ノルマが
達成危うかったりすると、
上司も目の色が変わってくる。


でも実際、毎年無茶な数字が
ノルマにされてるから、
絶対どこのチームも達成
できてない。


要は、とにかく最後の追い込み。

『何がなんでも客を取れ!』
っていう空気になるわけだ。



「雅絵(マサエ)、どうだった?」


カウンセリングルームから
出てきた自分の部下に声を
かけると、雅絵はシュンと
肩を落とす。


_「すみません、ダメです。

やっぱりどうしても入会金
NGで……」


「そっか……わかった、
まぁ仕方ないね。
じゃあお見送りしといで」


「はぁい……」


雅絵はまたカウンセリング
ルームに戻っていく。


迷ってるお客様には出来る
限り押すけど、あまり
しつこくはできない。


こういう職種に対する法律も
最近は厳しいから、うちでは
接客時間は諸々合わせて
2時間がMAXって決まってた。


今の雅絵のお客はずっと
入会金が高くて悩んでたけど、
結局ダメだったってこと。


_「すみません、課長」


オフィスの最奥にデスクを
構える、あたし達カウン
セラーの責任者、大竹
(オオタケ)課長に声をかけた。

部下の失敗は、イコール
あたしの失敗だ。


40代に突入して白髪の
目立ち始めた、それでも
わりとかっこいいイケメンの
大竹課長は、


「過ぎたものは仕方ない。
次行くぞ、次。

里中チームの次のアポは
何時だ?」


「2時から2件。近藤と
佐々木がつく予定です」


近くに座ってる、その二人の
チーム員をチラッと
見ながら答える。


大竹課長は『わかった』と
頷いて、


「近藤、佐々木、しっかりな。

何かと入り用なこの時期に
入会金ネックが出るのは
よくあることだ。
最初から、きっちり潰せ」


_「はいっ」


まだまだ中堅の二人は、
課長に言われてやや緊張
気味の声で返事する。


(あたしも注意しとかなきゃ)


せめてこの2件のどっちかは
決まってくれないと、課長の
機嫌もみんなのモチベも危うい。



――とその時、再びカウン
セリングルームのドアが
開いて、柚木クンが姿を現した。

手に持ってる薄いブルーの
紙は、入会申込書。


「おー、柚木。決まったか?」


真っ先に課長が声をかけると、
柚木クンは無表情で小さく
頷いて、


「はい。入会金もキャッシュで
払うそうです」


『おおー!』と、全体から
声があがる。


_入会金はカードでも3回
までの分割でもいいんだけど、
もちろん一括キャッシュが
ベスト。


「さすがねー、柚木クン」


囁く声が行き交うなか、
柚木クンはスッと顔を
あたしに向けた。


『え?』と驚いてると、
彼はスタスタとこっちへ
歩いてきて、


「領収書、お願いします」


「あ、あぁ――…」


(いけない、感心してる
場合じゃないよ)


今日は奈々が法事で休みを
とってて居ない。


入会金が当日支払われる
場合は当然領収書を渡すけど、
重要印も使うから、それは
チーフの仕事なんだ。


つまり奈々がいない今日は、
別チームでも他のチーフが
代わることになる。


_「ゴメンゴメン、了解」


柚木クンから入会申込書を
受け取って、あたしは顧客名
入りの領収書を作り始めた。


印紙の貼付けや押印も
済ませて、柚木クンに手渡す。


「キャッシュなんてやるわね」


無言で渡すのもなんだし
何の気無しにそう言ったら、
返ってきたのは、


「別に、客がよかっただけです。

金も印鑑も持ってきてたん
だから、入る気満々でしょう」


謙遜というにはあまりに
程遠い、感情のこもらない
そっけない返事。


(ホントに可愛いげないな、
コイツは〜っ)


_内心では肩透かしくらい
つつも、一応上司の威厳を
保って『いってらっしゃい』と
送り出した。


柚木クンは返事すら返さずに
あたしの傍を離れてく。


……本当に、彼が何を
考えてるのかはさっぱり
わからない。


営業なんて仕事選んだほど
だし、現に優秀だし、決して
奥手とか人見知りってタイプ
ではないんだろうけど。


でも社員とはほとんど
コミュニケーションとらず、
常に一人で、仕事以外では
とにかく寡黙で。


(何なんだろ。

仕事は出来ても、リアルは
草食ってやつ?

一体何が楽しくて、この
仕事してんのかな……?)


_柚木クンの背中を見ながら、
あたしはそんなことを考えてた。


まさかその後、その答えを
知るような機会が訪れる
ことなんて、これっぽっちも
知らずに――。





     ☆☆☆☆☆


_     ☆☆☆☆☆



時計は6時をまわって、
カウンセラーは数人が
本日最後の接客をしてる
だけになってた。


あたしは2時に入ってた
アポが両方とも決まり、
今進んでる最後の接客も
いい感じって報告を受けて、
胸を撫で下ろしてたところ。


(よかった。なんとか
悲惨な一日にならないで
済んだ……)


今日は予定もないしさっさと
帰ろう。

そう思ってた時――。


「里中さん、ちょっと……!」


カウンセリングルームから
出てきた一人が、緊迫した
表情であたしを呼ぶ。

今の接客でリベンジ達成
できそうな雅絵だ。


_「何? どうしたの?」


まさか雲行き怪しくなってきた?


状況的に他に思いつかな
かったけど、雅絵が口に
したのは予想外の言葉で、


「ヤバそうです。

なんか、柚木さんがお客様と
揉めてるみたいで……」


「えっ!?」


自分の耳を疑ってしまう。


お客と揉めてる?

――あの、柚木クンが?


「まさか。人違いじゃないの」


カウンセリングルームは
広い一室をパーテーションで
仕切って、各お客様とは
個室で話せる形になってる。


当然雅絵に他の個室が
見えてるはずはないから、
声で判断したってこと。


_だけど雅絵は即座に首を
横に振って、


「間違いないです。お客様が
柚木さんの名前呼んでるから。

最初はそうでもなかったん
ですけど、今もうお客様の
方がだいぶヒートアップしてて。

声とか、こっちまで
聞こえてきて……」


顔から血の気が引いてく
のがわかった。


何があったか知らないけど、
お客様と揉めるなんて
とにかくまずい。


そのお客様はもちろん、
他で接客中の所にも
とんでもない悪影響だ。


「――わかった、入るわ。

雅絵は自分のとこフォローして」


奈々がいないからあたしが
行くしかない。


あたしは雅絵と一緒に
カウンセリングルームに入った。


_中に入るとすぐ、たしかに
奥の方の個室から言い争う
声が聞こえてくる。


(まさかと思ったけど――)


片方の声はたしかに柚木クンだ。


新人が、たまに心ない言葉
使いをしてお客を怒らせて
しまう場合があるけど、
それでもそんなにしょっちゅう
あることじゃない。


それがまさか、ベテラン
レベルの柚木クンなんて。
本当に何があったんだか。


不安を感じつつも気を引き
締め、あたしは躊躇うこと
なくその個室に足を踏み入れた。


「失礼いたします、お客様。

私、柚木の上司の里中と
申しますが、柚木がお客様に
何か失礼を申しましたで
しょうか?」


_お客と柚木クンの視線が
一気にあたしに集中する。


柚木クンが眼鏡の奥の瞳を
スッと細めたのが、視界の
隅で何となくわかった。


「え、じょ、上司っ?

ちょっと、酷いですよこの人!
僕の気持ちなんて少しも
わかってくれないで……!」


顔を真っ赤にして訴えてくる、
小太りの男のお客。


「申し訳ございませんでした。
柚木の失礼は私が代わって
お詫び申し上げます。

よろしければもう少々……」





――――――…
―――――…
――――…
―――…


_


「……まぁ、何とか
おさまってよかったんじゃない」


誰もいなくなったオフィスに
二人きり。


カリカリ始末書を書いてる
柚木クンを横目で見て、
あたしは言った。



あの後、あたしの謝罪で
お客様は何とか機嫌を
直してくれて、残念ながら
契約には至らなかったものの、
それほど大きな問題には
ならなかった。


他のお客様にも騒ぎを
起こしたことを謝罪に
行ったけど、それが原因で
契約をやめた人はいなかったし。


柚木クンらしからぬ失態に
大竹課長も驚いてたけど、
とりあえず今回のことは
始末書の提出のみで放免。


_そんなわけで、始末書を
書いてる彼を、あたしは
一応上司として待ってる。

ヘルプ対応をしたあたしの
記入欄も埋めて、課長に
提出になるから。


(とは言うものの……)


正直ため息をつきたいのを、
さっきからあたしは必死で
堪えてた。


別にヘルプで骨を折った
こととか、超残業になった
ことを怒ってるわけじゃない。

あたしがウンザリしてるのは、
今の柚木クンの態度だ。


――それなりに諭したり
慰めたりしてるのに、柚木
クンは一言も返事をしないんだ。

おかげでさっきから、
あたしの声だけが一方的に
オフィスに響いてる。


_「――ねぇ、聞いてる?」


とうとう業を煮やして、
あたしは紙面を見つめる
柚木クンを覗き込むように
して声を張り上げた。


すると、柚木クンはようやく
チラリと顔をあげて、


「聞いてますよ」


と抑揚のない声で答える。


会話が成立するうちにと、
あたしは間髪入れず次の
問いを発した。


「にしても本当にどうしたの?

あんなミス、柚木クン
らしくないじゃない」


「オレらしくない……?」


あたしの言葉を繰り返し、
柚木クンはほんの少しだけ
唇の端をあげる。


「らしいとからしくないとか、
意味がわかりませんけど」


_「え? だって柚木クンが
お客様相手に感情的になる
なんて、初めてじゃない」


そんな切り返しをされると
思ってなかったあたしは、
軽くたじろいで答える。


柚木クンはフッと小さく
息を吐いて、


「だから、“らしくない”
ですか?」


「そ、そうだよ……」


あたしはそんなに変なことを
言っただろうか。


戸惑うあたしの耳に飛び
込んできたのは、あまりにも
意外な言葉。


「別に、ちょっとめんどくさく
なっただけですよ。

あの男、かなりウザかったから」


「えっ――…!?」


_あたしが今聞いたのは空耳?


空耳でなければ、はっきり
言って信じられない。


(めんどくさくなった?
ウザかった?

柚木クンがこんなこと言う
なんて……)


「どうしたんですか? 
意外ですか?」


表情も変えずに、柚木クンは
シレッとあたしに尋ねてくる。


情けないことに困惑してた
あたしは、素直に『え……
うん』と答えてしまった。


すると柚木クンは、持ってた
ボールペンをコトリと机の
上に置いて、


「オレはいつも同じような
こと考えながら接客してますよ。

オレにしてみれば、
意外でも何でもないです」


_「で、でも、いつもは上手く
接客してるじゃない。

昼間だって、キャッシュの
契約とって――」


「だからあれは客が
よかっただけ。

昼間にもそう言いましたけど」


「い、言ってたけど……」


この状況はどうしたんだろう。

なんかあたし、柚木クンに
言い負かされてない?


今までまともに話をした
ことなかったけど、柚木
クンってこんなにスラスラ
しゃべるキャラだったんだ?

しかも、言葉に感情は
見えないけど、今はあたしの
追及を許さない迫力すらある。


「柚木クン、もしかして
怒ってるの?」


あたしに説教されたことか、
始末書を書く顛末になった
ことか、理由はわからないけど。


_それ以外に思いつかなくて
尋ねたら――柚木クンは、
さっきよりもっと唇を
あげて……小さく、笑った。


「怒ってる? 
……そうかもしれないですね」


笑顔も、どこか高圧的な
口調も、初めて見る柚木
クンの一面。


あたしは鼓動が速くなって
くるのと共に、彼から目が
離せなくなる。


「別に直属のチーフでも
ないのに、あんな上司ヅラ
して入ってこなくて
よかったのに。

こっちは、たまにはとことん
こじれるのも面白いかなと
思ってたんですから」


「な―――…!」


_もはやあたしの中で、
描いてた柚木クン像は
完全に崩壊してた。


その動揺と聞き捨てならない
言葉に、あたしは思わず
声のトーンをあげて問い詰める。


「何言ってるのよ!?
まさか、わざとあんな騒ぎ
起こしたっていうの!?」


「わざととまでは言いません
けど、収束させようとは
しなかったですね」


「…………っ!?」


――信じられない。

それじゃあ柚木クンは、
半ば故意にあそこまで
お客様を怒らせたってこと。


真面目で優秀だと思ってた
柚木クンの顔が、仮面を
つけているように見えてくる。


_「あれ、里中さんも
怒っちゃいましたか?

でもそんなわけで、オレも
怒ってるんですけど」


「は? 何言って――…」


理解の域を越える切り返しに、
あたしはなんて言えばいいのか
とっさにわからなかった。


言葉を失うあたしの隣で、
柚木クンがスッと立ち上がる。


(えっ、な、何っ?)


ビクッと肩をすくめる
あたしを、柚木クンはどこか
楽しむような顔で見下ろし――

そして、囁くようにこう告げた。


「オレは始末書書きました。

だから今度は、里中さんが
お説教されてくれます?」


「は―――……?」


_これは、本当に現実?


夢じゃないかと疑うあたしに、
柚木クンはさらに信じられない
言葉を落とす。


「説教というよりはお仕置きか。

いいですね。
なんか、アヤシイ響き」


「ゆ、柚木ク――…!」


ダメだ。

なんかよくわかんないけど、
ヤバい。


本能が、頭の隅であたしに
そう告げる。


この空気は、いけない。
早くどうにかしないと。



―――そう思ってるはずなのに。


なぜかあたしの体は、
囚われてしまったかのように
指先一本動かせなかった。


(やだ……なんでっ……)


「そんな顔しないでも
いいですよ。

別に怖いことはしません」


_「……………!?」


柚木クンの中では、もはや
“お仕置き”をすることが
決定事項になってるらしい。


口をパクパクさせるあたしを
見下ろす、彼の眼鏡の
フレームがキラリと光った。


「……そうだな。
とりあえずは、キスでも
してもらいましょうか」


「―――――っ!?」



……なんて言ったの、今?


キスって、まさか――…。




―――そう思った時には。




あたしの唇は、ふさがれてた。




熱いと感じるほどの熱と、
柔らかな感触。


閉じようもない視界は、
何か黒いもので覆われる。
――多分、柚木クンの髪だ。


_(ウ……ソ……でしょ……?)


最初は触れるだけだった
キスは、すぐにあたしの
唇を割り、深くなって
呼吸を奪う。


「んんっ………」


体が痺れたように固まって
動かない。頭がクラクラする。


「柚木クッ……」


声も思考も、すべて奪われて。


あたしは目眩のしそうな
そのキスに、飲み込まれて
いった。





     ☆☆☆☆☆


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