ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
4 かしこい本音の、伝え方
☆☆☆☆☆
「なんて顔してるんですか。
たかだかキスくらいで」
唇を離すと、柚木クンは
そう言って笑った。
……そう、笑ってる。
さっきまで見せてた曖昧な
笑みとも、接客中の
営業スマイルとも違う。
言葉で表すなら、“ニヤッ”
っていうのが一番ふさわしい――
何だか、小バカにしてる
ような笑い。
そしてその顔から受ける
印象が、表情とはまた異なる
点でいつもと違うことに、
あたしは気づいた。
しばらく見つめてるうちに
すぐにわかる。
……柚木クン、眼鏡を
外してるんだ。
_さっきのキスの寸前に
外したんだろう。
彼の周囲を見ると、それは
机の上にあった。
あたしの視線に気づいた
柚木クンは、眼鏡を手に取る。
そしてかけるのかと思ったら、
折りたたんでスーツの
胸ポケットにしまった。
「実はこれ、ダテなんです」
囁くように言って、クスリと
笑う柚木クン。
(コ、コイツ――…!?)
あたしはもう完全に
冷静さを失ってた。
ガタッと椅子を鳴らして
立ち上がり、右手の甲で
グイッと唇を拭うと、
「どっ、どういうつもりっ!?
なんでこんなこと――!!」
_声は裏返ってかすれてる。
でも、落ち着いた声なんて
出せそうもない。
「だから言ったでしょう?
お仕置きだって」
「お仕置きってあなたね……!」
どうしてお仕置きがキスなのよ!?
いやそもそも、柚木クンが
怒ってる理由が意味不明だ。
わざとお客様と揉めてたのを
阻止して丸くおさめた
あたしが、どうして怒られ
なきゃなんないのよ。
「メチャクチャだわ……!
こんな……こんなの……!!」
憤りをあらわに息と共に
吐き出したら、グラッと
視界が揺れた。
あたしはよろめいて、
机に片手をつく。
_「プッ……。
酸欠じゃないですか?」
柚木クンがおかしそうに
噴き出して、手を伸ばして
あたしの体を支えようとした。
あたしは反射的にそれを
振り払って叫ぶ。
「触らないで!」
「……かわいくないな。
そんな顔して言ってても、
今さら意味ないのに」
叩かれた掌をこれみよがしに
振って呟く柚木クン。
「な、何よ、そんな顔って!?」
なかばヤケになって怒鳴った
けど、柚木クンは微塵も
こたえた様子はなく、
「ファーストキスを奪われた
女子中学生みたいな顔かな。
真っ赤だし――潤んで
ますよ、目」
「……………っ!?」
_サラリと言ってのけられた
セリフに、あたしはとっさに
両手で頬を覆うしかない。
だけど柚木クンは、なおも
あたしの羞恥心を煽るように、
「オレのキスで感じたん
でしょ?」
「なっ……バッ、バカな
こと言わないで!!」
「だから言い訳してもムダ
ですって。顔にそう書いてる」
「か、書いてないわよっ」
「里中さん、彼氏いましたよね。
なのにそんな顔してるなんて
意外だな。
もしかして、満たされて
ないんだ?」
「……………っ!?」
もはや会話にもなってない。
柚木クンは一方的に、
あたしを掻き乱す言葉
ばかりを紡ぎ出す。
_あたしがどれだけ抵抗しても
容赦しないというように、
確実に一言ずつ、心の中に
侵入してくる――…。
「ふぅん。やっぱり里中さんも
普通の人間なんですね。
仕事じゃバリバリのチーフ
なんてやってても、素顔は
ただの満たされない女って
わけか。
……彼氏とうまくいって
ないんですか?」
「あっ、あたしは――…!」
不本意にも、数日前に奈々と
した話を思い出してしまった。
奈々が、あたしと拓巳の
関係を倦怠期だと評した件。
(バカね、あたし。
何を気にしてるのよ……!)
_本当にそうだと思ってる
わけじゃない。
ただ、奈々の話と今の柚木
クンの言葉が似通ってた
から、つい思い出しただけだ。
……あたしは別に拓巳と
うまくいってないとも、
倦怠期だとも思ってない。
だけどそんなことを、
柚木クンに話す必要もない。
どうしてあたしがここで、
『自分は彼氏と円満だ』
なんてことを説明しないと
いけないのか。
こんな――こんなメチャ
クチャなキスをしてくるヤツに。
(―――帰ろう)
もうこれ以上、こんな所に
いたくない。柚木クンの
顔も見ていたくない。
_あたしはバッグを引っつかみ、
壁際のハンガーラックから
コートを取って部屋を
飛び出そうと思った。
本当に、そうしたかった。
だけど――悪魔のような
長い腕が、それを阻む。
「な――何するのよっ!?」
回り込んでユルリとあたしを
抱き留めた柚木クンの顔を、
信じられない思いで見上げた。
呆然とするあたしの顔を
その瞳に映し、柚木クンは
楽しそうに微笑む。
「帰しませんよ。
忘れました? お仕置き、
まだ終わってないですから」
「―――――!?」
グッと体に重圧を感じる。
あたしをしっかり抱き
すくめた柚木クンが、
その背中を机に押し付ける
ようにして、あたしの
逃げ場を塞いだんだ。
_背中を反らせて机に寄り
掛かり、前には柚木クンの体。
――もう完全に、身動き
できない。
「やっ……どいてっ……」
必死に柚木クンの胸を
押しのけ隙間を作ろうとする。
だけど力を込めれば込める
ほど、柚木クンも今以上に
あたしに体重をかけ、逆に
体は密着するだけだった。
「逆効果ですって。
けっこうかわいい抵抗しますね」
「やっ………!」
囁きと共に、柚木クンの
吐息が片方の耳にかかって、
ゾクッと体が震える。
そんなあたしの反応を、
柚木クンは嘲笑うかのように
クスクスと肩を揺らした。
そして――…。
_「そんなに満たされてない
ならさ。
オレがあげようか? ――刺激」
(え――――…?)
柚木クンの口調が、変わった。
それが何を意味するのか――
彼のことをほとんど知らない
あたしには、はかりようもない。
ただあたしは……その言葉の
匂わせる妖艶な香りに、
息を飲むだけ。
「な、何言って――…」
思わず視線を絡ませて、
そしてそらせなくなった。
レンズという壁を通さずに
見る彼の瞳は深く澄んでて、
艶めいている。
あたしはその黒に、
吸い込まれる――…。
「んっ――…」
再びのキスを、あたしは
電流のような痺れを
感じながら受け止めた。
_驚くほど柔らかい唇が、
浅く深く、あたしの唇を
ついばんで。
そして濡れた隙間をスルリと
割って、温かい舌が滑り
込んでくる。
「っぅん……ふ…ぁっ……」
なまめかしく動く舌が熱く
口腔を撫で、歯列をかすめ。
喉の奥まで刺激してくる
激しいキスに、あたしは
息もできなくなる。
「んぁ……や……ぁっ」
おかしいよ、あたし。
抵抗しなきゃいけないのに、
少しも体に力が入らない。
ほとんど机に押し倒されて、
舌を絡ませ。
あたし、何してるの?
相手は柚木クンなんだよ?
拓巳じゃなくて。
(こんなの――ダメ、
なのに――…)
_「――体は正直、ってね」
歌うような囁き声と同時に、
新たな刺激が体をバネの
ようにしならせた。
……柚木クンの右手が、
スーツの上からあたしの
胸に触れてる。
「やめっ―――…!」
「やめないよ。
当たり前でしょ?」
サラリと流して、膨らみに
触れる指先にクッと力を入れる。
「あぁっ………」
また腰が跳ねてしまった。
それでも、体自体はしっかり
拘束されてて動かせない。
「お願い、やめて……っ」
嫌だ、こんなの。
憤りと羞恥で体が焼けるようだ。
どうして……
なんで、こんなことに……。
_「……ね、どう?
彼氏以外の男に触られるのは、
どんな感じ?」
「んっ……はぁっ……っ」
耳の奥に意地悪な囁きを
埋めながら、彼の右手は
巧みにあたしの胸を翻弄する。
いつの間にかジャケットの
上から移動し、ブラウス
越しに膨らみを包み、弧を
描くようにゆっくりと
揉みしだいて。
そして時折親指と人差し指の
付け根で、キュッと中心の
敏感な突起を刺激する。
「んぁぁっ……」
悔しいけど、その度に反射的に
甘い声がもれてしまった。
気づくと両方の胸がそんな
ふうに彼の手の中にあり、
ジャケットは一番上の
ボタンをピンと張らせて、
今にもちぎれてしまいそう。
_耳元にあったはずの唇は
位置を下げ、あたしの
首筋にそっと吸い付く。
そして少しずつ下へと滑り、
身震いしそうなほどの
もどかしい感覚を与えて
くる――。
「ふぁっ……あんっ、やぁっ」
「……感じすぎ。
きつそうだね、これ脱ごうか」
柚木クンは首筋に顔を
埋めたまま、片手で器用に
あたしのジャケットの
ボタンを外した。
そしてそれを、袖だけが
残るような中途半端な形に
脱がせる。
あたしが後ろ手に机に手を
ついてて、それ以上は
脱げないんだ。
そしてその間も、もう
片方の手はやんわりと
あたしの胸を刺激してる。
「形がよくわかるように
なったね」
_満足げな囁きが聞こえたと
思った時には、ブラウスの
隙間から、指先が直に
あたしの肌に触れてた。
「ひゃっ……ぁんっ」
指先の冷たさと強い刺激。
抑えようのない感覚が、
あたしを震わせる。
「いい声。……ねぇ、
もっと聞かせてよ」
嬉しそうに囁いて、あたしの
鎖骨にキスを埋めて。
そうしてとうとう、ブラを
ずらし、一番敏感なそこに
直接触れる――…。
「やぁぁっ……ダ、ダメッ……」
ツンと尖って硬くなった
そこを指先でつままれ、
キュッと甘く爪を立てられて。
体の芯から沸き上がる
疼きを、どうしようもできない。
堪えきれない声がノドを
突き、腰がユラユラと
揺れてしまう。
_「“ダメ”?
“イイ”の間違いじゃないの?」
嘲るように言って、なおも
先端を突いたり転がしたり。
そしてまたあがるあたしの
喘ぎを、柚木クンは目を
細めて楽しそうに聞いていた。
「体はこんなに正直なのに、
口ではつまらない意地張るんだ?
素直じゃないんだね。
――ま、オレはそういうの
好きだけど」
「あ……んんっ……」
「だけどそういうの見ると――
もっと、いじめたくなる」
「ひゃっ……あっ、あぁぁっ」
いっそう強くあたしを煽る指先。
どうしよう。
もう、何も考えられない。
唇の愛撫はどんどん位置を
下げ、今まさに胸の膨らみに
届こうとしてる。
_―――あたし――…
このままじゃ―――…。
―――そう思った時。
突然の電話の音が、張り
詰めた空気を一瞬にして
引き裂いた。
「―――――っ!?」
弾かれたように飛び上がる
あたしと、さすがに驚いた
様子の柚木クン。
だけど柚木クンは、すぐに
冷静な顔を取り戻して、
「電話?
なんでこんな時間に――」
「あ………ぼ、防災センター
かも……」
一階にある、このビルの
警備員が待機してる所で、
夜には見回りをしてくれてる。
うちの営業時間はとうに
過ぎてるし、状況から言って
多分間違いないと思った。
_「防災センター?」
「……そうよ。夜10時に
見回りをしてくれるの。
うちがまだ人が残ってる
みたいだから、状況を確認
したいのかも。
来客中だと、見回り
できないから……」
刺激の余韻も消えないまま
たどたどしく説明したら、
柚木クンは『ふぅん』と
呟いて、手近な受話器を
取り上げた。
そしてさっきまでしてた
ことなんて嘘のような
涼しい声で、
「はい、ピュアスプリングです。
……ええ、はい。
そうですね、届けは出して
ません。
急なことで……はい、申し
訳ないです。間もなく全員
退社しますので」
_相槌の内容から、相手は
やっぱり防災センター
だったみたいだ。
軽快に言葉を紡ぐ柚木クンを、
あたしは呆然と見つめる。
やがて会話を終えた柚木
クンは、カチャリと
受話器を戻すと、
「そんなものこのビルに
あったんだ。
少しも知らなかった」
そう言うと、額にかかった
髪をパサリと払いあたしを見た。
(な、何…………!?)
再びドキリとするあたしに、
どこか呆れた眼差しを向けて、
「ボーッとしてないで、
服着てればよかったのに。
残念だけど、今夜はここまで。
続きはまた今度ね」
(なっ…………)
_とんでもない言い方だ。
それじゃあまるで、あたしが
喜んでされてたみたいに
聞こえる。
「――今度は、かわいく
ねだる顔も見せてほしいな」
「――ふっ、ふざけないでっ!!」
何が今度よ。そんなこと、
あってたまるか。
「あなた――最低ね!」
もうはっきりとわかった。
今まで会社で見せてた、
無関心で大人しそうな顔。
――あれは全部、作り物だ。
高飛車に笑って、人を
バカにする。
これが、柚木クンの本性。
どんな理由があってかは
知らないけど、今までずっと
キャラを作ってたんだ。
_とっつきにくいけど、
無害な後輩だと思ってたのに。
こんな――こんなヤツに、
あたしは――…!
「――もう二度と、こんな
ことしないで」
怒りで震える声で低く告げて、
あたしはブラウスのボタンを
掻き合わせ、ジャケットを着た。
自分の机に置いたバッグを
とり、柚木クンの顔も見ないで
ハンガーロックまで歩き、
コートを引っつかむ。
そしてそのまま一言も口を
きくことなく、オフィスを
飛び出した――…。
☆☆☆☆☆
_
「なんて顔してるんですか。
たかだかキスくらいで」
唇を離すと、柚木クンは
そう言って笑った。
……そう、笑ってる。
さっきまで見せてた曖昧な
笑みとも、接客中の
営業スマイルとも違う。
言葉で表すなら、“ニヤッ”
っていうのが一番ふさわしい――
何だか、小バカにしてる
ような笑い。
そしてその顔から受ける
印象が、表情とはまた異なる
点でいつもと違うことに、
あたしは気づいた。
しばらく見つめてるうちに
すぐにわかる。
……柚木クン、眼鏡を
外してるんだ。
_さっきのキスの寸前に
外したんだろう。
彼の周囲を見ると、それは
机の上にあった。
あたしの視線に気づいた
柚木クンは、眼鏡を手に取る。
そしてかけるのかと思ったら、
折りたたんでスーツの
胸ポケットにしまった。
「実はこれ、ダテなんです」
囁くように言って、クスリと
笑う柚木クン。
(コ、コイツ――…!?)
あたしはもう完全に
冷静さを失ってた。
ガタッと椅子を鳴らして
立ち上がり、右手の甲で
グイッと唇を拭うと、
「どっ、どういうつもりっ!?
なんでこんなこと――!!」
_声は裏返ってかすれてる。
でも、落ち着いた声なんて
出せそうもない。
「だから言ったでしょう?
お仕置きだって」
「お仕置きってあなたね……!」
どうしてお仕置きがキスなのよ!?
いやそもそも、柚木クンが
怒ってる理由が意味不明だ。
わざとお客様と揉めてたのを
阻止して丸くおさめた
あたしが、どうして怒られ
なきゃなんないのよ。
「メチャクチャだわ……!
こんな……こんなの……!!」
憤りをあらわに息と共に
吐き出したら、グラッと
視界が揺れた。
あたしはよろめいて、
机に片手をつく。
_「プッ……。
酸欠じゃないですか?」
柚木クンがおかしそうに
噴き出して、手を伸ばして
あたしの体を支えようとした。
あたしは反射的にそれを
振り払って叫ぶ。
「触らないで!」
「……かわいくないな。
そんな顔して言ってても、
今さら意味ないのに」
叩かれた掌をこれみよがしに
振って呟く柚木クン。
「な、何よ、そんな顔って!?」
なかばヤケになって怒鳴った
けど、柚木クンは微塵も
こたえた様子はなく、
「ファーストキスを奪われた
女子中学生みたいな顔かな。
真っ赤だし――潤んで
ますよ、目」
「……………っ!?」
_サラリと言ってのけられた
セリフに、あたしはとっさに
両手で頬を覆うしかない。
だけど柚木クンは、なおも
あたしの羞恥心を煽るように、
「オレのキスで感じたん
でしょ?」
「なっ……バッ、バカな
こと言わないで!!」
「だから言い訳してもムダ
ですって。顔にそう書いてる」
「か、書いてないわよっ」
「里中さん、彼氏いましたよね。
なのにそんな顔してるなんて
意外だな。
もしかして、満たされて
ないんだ?」
「……………っ!?」
もはや会話にもなってない。
柚木クンは一方的に、
あたしを掻き乱す言葉
ばかりを紡ぎ出す。
_あたしがどれだけ抵抗しても
容赦しないというように、
確実に一言ずつ、心の中に
侵入してくる――…。
「ふぅん。やっぱり里中さんも
普通の人間なんですね。
仕事じゃバリバリのチーフ
なんてやってても、素顔は
ただの満たされない女って
わけか。
……彼氏とうまくいって
ないんですか?」
「あっ、あたしは――…!」
不本意にも、数日前に奈々と
した話を思い出してしまった。
奈々が、あたしと拓巳の
関係を倦怠期だと評した件。
(バカね、あたし。
何を気にしてるのよ……!)
_本当にそうだと思ってる
わけじゃない。
ただ、奈々の話と今の柚木
クンの言葉が似通ってた
から、つい思い出しただけだ。
……あたしは別に拓巳と
うまくいってないとも、
倦怠期だとも思ってない。
だけどそんなことを、
柚木クンに話す必要もない。
どうしてあたしがここで、
『自分は彼氏と円満だ』
なんてことを説明しないと
いけないのか。
こんな――こんなメチャ
クチャなキスをしてくるヤツに。
(―――帰ろう)
もうこれ以上、こんな所に
いたくない。柚木クンの
顔も見ていたくない。
_あたしはバッグを引っつかみ、
壁際のハンガーラックから
コートを取って部屋を
飛び出そうと思った。
本当に、そうしたかった。
だけど――悪魔のような
長い腕が、それを阻む。
「な――何するのよっ!?」
回り込んでユルリとあたしを
抱き留めた柚木クンの顔を、
信じられない思いで見上げた。
呆然とするあたしの顔を
その瞳に映し、柚木クンは
楽しそうに微笑む。
「帰しませんよ。
忘れました? お仕置き、
まだ終わってないですから」
「―――――!?」
グッと体に重圧を感じる。
あたしをしっかり抱き
すくめた柚木クンが、
その背中を机に押し付ける
ようにして、あたしの
逃げ場を塞いだんだ。
_背中を反らせて机に寄り
掛かり、前には柚木クンの体。
――もう完全に、身動き
できない。
「やっ……どいてっ……」
必死に柚木クンの胸を
押しのけ隙間を作ろうとする。
だけど力を込めれば込める
ほど、柚木クンも今以上に
あたしに体重をかけ、逆に
体は密着するだけだった。
「逆効果ですって。
けっこうかわいい抵抗しますね」
「やっ………!」
囁きと共に、柚木クンの
吐息が片方の耳にかかって、
ゾクッと体が震える。
そんなあたしの反応を、
柚木クンは嘲笑うかのように
クスクスと肩を揺らした。
そして――…。
_「そんなに満たされてない
ならさ。
オレがあげようか? ――刺激」
(え――――…?)
柚木クンの口調が、変わった。
それが何を意味するのか――
彼のことをほとんど知らない
あたしには、はかりようもない。
ただあたしは……その言葉の
匂わせる妖艶な香りに、
息を飲むだけ。
「な、何言って――…」
思わず視線を絡ませて、
そしてそらせなくなった。
レンズという壁を通さずに
見る彼の瞳は深く澄んでて、
艶めいている。
あたしはその黒に、
吸い込まれる――…。
「んっ――…」
再びのキスを、あたしは
電流のような痺れを
感じながら受け止めた。
_驚くほど柔らかい唇が、
浅く深く、あたしの唇を
ついばんで。
そして濡れた隙間をスルリと
割って、温かい舌が滑り
込んでくる。
「っぅん……ふ…ぁっ……」
なまめかしく動く舌が熱く
口腔を撫で、歯列をかすめ。
喉の奥まで刺激してくる
激しいキスに、あたしは
息もできなくなる。
「んぁ……や……ぁっ」
おかしいよ、あたし。
抵抗しなきゃいけないのに、
少しも体に力が入らない。
ほとんど机に押し倒されて、
舌を絡ませ。
あたし、何してるの?
相手は柚木クンなんだよ?
拓巳じゃなくて。
(こんなの――ダメ、
なのに――…)
_「――体は正直、ってね」
歌うような囁き声と同時に、
新たな刺激が体をバネの
ようにしならせた。
……柚木クンの右手が、
スーツの上からあたしの
胸に触れてる。
「やめっ―――…!」
「やめないよ。
当たり前でしょ?」
サラリと流して、膨らみに
触れる指先にクッと力を入れる。
「あぁっ………」
また腰が跳ねてしまった。
それでも、体自体はしっかり
拘束されてて動かせない。
「お願い、やめて……っ」
嫌だ、こんなの。
憤りと羞恥で体が焼けるようだ。
どうして……
なんで、こんなことに……。
_「……ね、どう?
彼氏以外の男に触られるのは、
どんな感じ?」
「んっ……はぁっ……っ」
耳の奥に意地悪な囁きを
埋めながら、彼の右手は
巧みにあたしの胸を翻弄する。
いつの間にかジャケットの
上から移動し、ブラウス
越しに膨らみを包み、弧を
描くようにゆっくりと
揉みしだいて。
そして時折親指と人差し指の
付け根で、キュッと中心の
敏感な突起を刺激する。
「んぁぁっ……」
悔しいけど、その度に反射的に
甘い声がもれてしまった。
気づくと両方の胸がそんな
ふうに彼の手の中にあり、
ジャケットは一番上の
ボタンをピンと張らせて、
今にもちぎれてしまいそう。
_耳元にあったはずの唇は
位置を下げ、あたしの
首筋にそっと吸い付く。
そして少しずつ下へと滑り、
身震いしそうなほどの
もどかしい感覚を与えて
くる――。
「ふぁっ……あんっ、やぁっ」
「……感じすぎ。
きつそうだね、これ脱ごうか」
柚木クンは首筋に顔を
埋めたまま、片手で器用に
あたしのジャケットの
ボタンを外した。
そしてそれを、袖だけが
残るような中途半端な形に
脱がせる。
あたしが後ろ手に机に手を
ついてて、それ以上は
脱げないんだ。
そしてその間も、もう
片方の手はやんわりと
あたしの胸を刺激してる。
「形がよくわかるように
なったね」
_満足げな囁きが聞こえたと
思った時には、ブラウスの
隙間から、指先が直に
あたしの肌に触れてた。
「ひゃっ……ぁんっ」
指先の冷たさと強い刺激。
抑えようのない感覚が、
あたしを震わせる。
「いい声。……ねぇ、
もっと聞かせてよ」
嬉しそうに囁いて、あたしの
鎖骨にキスを埋めて。
そうしてとうとう、ブラを
ずらし、一番敏感なそこに
直接触れる――…。
「やぁぁっ……ダ、ダメッ……」
ツンと尖って硬くなった
そこを指先でつままれ、
キュッと甘く爪を立てられて。
体の芯から沸き上がる
疼きを、どうしようもできない。
堪えきれない声がノドを
突き、腰がユラユラと
揺れてしまう。
_「“ダメ”?
“イイ”の間違いじゃないの?」
嘲るように言って、なおも
先端を突いたり転がしたり。
そしてまたあがるあたしの
喘ぎを、柚木クンは目を
細めて楽しそうに聞いていた。
「体はこんなに正直なのに、
口ではつまらない意地張るんだ?
素直じゃないんだね。
――ま、オレはそういうの
好きだけど」
「あ……んんっ……」
「だけどそういうの見ると――
もっと、いじめたくなる」
「ひゃっ……あっ、あぁぁっ」
いっそう強くあたしを煽る指先。
どうしよう。
もう、何も考えられない。
唇の愛撫はどんどん位置を
下げ、今まさに胸の膨らみに
届こうとしてる。
_―――あたし――…
このままじゃ―――…。
―――そう思った時。
突然の電話の音が、張り
詰めた空気を一瞬にして
引き裂いた。
「―――――っ!?」
弾かれたように飛び上がる
あたしと、さすがに驚いた
様子の柚木クン。
だけど柚木クンは、すぐに
冷静な顔を取り戻して、
「電話?
なんでこんな時間に――」
「あ………ぼ、防災センター
かも……」
一階にある、このビルの
警備員が待機してる所で、
夜には見回りをしてくれてる。
うちの営業時間はとうに
過ぎてるし、状況から言って
多分間違いないと思った。
_「防災センター?」
「……そうよ。夜10時に
見回りをしてくれるの。
うちがまだ人が残ってる
みたいだから、状況を確認
したいのかも。
来客中だと、見回り
できないから……」
刺激の余韻も消えないまま
たどたどしく説明したら、
柚木クンは『ふぅん』と
呟いて、手近な受話器を
取り上げた。
そしてさっきまでしてた
ことなんて嘘のような
涼しい声で、
「はい、ピュアスプリングです。
……ええ、はい。
そうですね、届けは出して
ません。
急なことで……はい、申し
訳ないです。間もなく全員
退社しますので」
_相槌の内容から、相手は
やっぱり防災センター
だったみたいだ。
軽快に言葉を紡ぐ柚木クンを、
あたしは呆然と見つめる。
やがて会話を終えた柚木
クンは、カチャリと
受話器を戻すと、
「そんなものこのビルに
あったんだ。
少しも知らなかった」
そう言うと、額にかかった
髪をパサリと払いあたしを見た。
(な、何…………!?)
再びドキリとするあたしに、
どこか呆れた眼差しを向けて、
「ボーッとしてないで、
服着てればよかったのに。
残念だけど、今夜はここまで。
続きはまた今度ね」
(なっ…………)
_とんでもない言い方だ。
それじゃあまるで、あたしが
喜んでされてたみたいに
聞こえる。
「――今度は、かわいく
ねだる顔も見せてほしいな」
「――ふっ、ふざけないでっ!!」
何が今度よ。そんなこと、
あってたまるか。
「あなた――最低ね!」
もうはっきりとわかった。
今まで会社で見せてた、
無関心で大人しそうな顔。
――あれは全部、作り物だ。
高飛車に笑って、人を
バカにする。
これが、柚木クンの本性。
どんな理由があってかは
知らないけど、今までずっと
キャラを作ってたんだ。
_とっつきにくいけど、
無害な後輩だと思ってたのに。
こんな――こんなヤツに、
あたしは――…!
「――もう二度と、こんな
ことしないで」
怒りで震える声で低く告げて、
あたしはブラウスのボタンを
掻き合わせ、ジャケットを着た。
自分の机に置いたバッグを
とり、柚木クンの顔も見ないで
ハンガーロックまで歩き、
コートを引っつかむ。
そしてそのまま一言も口を
きくことなく、オフィスを
飛び出した――…。
☆☆☆☆☆
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