ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
4 かしこい本音の、伝え方
     ☆☆☆☆☆



「なんて顔してるんですか。
たかだかキスくらいで」


唇を離すと、柚木クンは
そう言って笑った。


……そう、笑ってる。


さっきまで見せてた曖昧な
笑みとも、接客中の
営業スマイルとも違う。


言葉で表すなら、“ニヤッ”
っていうのが一番ふさわしい――
何だか、小バカにしてる
ような笑い。


そしてその顔から受ける
印象が、表情とはまた異なる
点でいつもと違うことに、
あたしは気づいた。


しばらく見つめてるうちに
すぐにわかる。

……柚木クン、眼鏡を
外してるんだ。


_さっきのキスの寸前に
外したんだろう。
彼の周囲を見ると、それは
机の上にあった。


あたしの視線に気づいた
柚木クンは、眼鏡を手に取る。

そしてかけるのかと思ったら、
折りたたんでスーツの
胸ポケットにしまった。


「実はこれ、ダテなんです」


囁くように言って、クスリと
笑う柚木クン。


(コ、コイツ――…!?)


あたしはもう完全に
冷静さを失ってた。


ガタッと椅子を鳴らして
立ち上がり、右手の甲で
グイッと唇を拭うと、


「どっ、どういうつもりっ!?
なんでこんなこと――!!」


_声は裏返ってかすれてる。

でも、落ち着いた声なんて
出せそうもない。


「だから言ったでしょう?

お仕置きだって」


「お仕置きってあなたね……!」


どうしてお仕置きがキスなのよ!?


いやそもそも、柚木クンが
怒ってる理由が意味不明だ。

わざとお客様と揉めてたのを
阻止して丸くおさめた
あたしが、どうして怒られ
なきゃなんないのよ。


「メチャクチャだわ……!

こんな……こんなの……!!」


憤りをあらわに息と共に
吐き出したら、グラッと
視界が揺れた。


あたしはよろめいて、
机に片手をつく。


_「プッ……。
酸欠じゃないですか?」


柚木クンがおかしそうに
噴き出して、手を伸ばして
あたしの体を支えようとした。


あたしは反射的にそれを
振り払って叫ぶ。


「触らないで!」


「……かわいくないな。

そんな顔して言ってても、
今さら意味ないのに」


叩かれた掌をこれみよがしに
振って呟く柚木クン。


「な、何よ、そんな顔って!?」


なかばヤケになって怒鳴った
けど、柚木クンは微塵も
こたえた様子はなく、


「ファーストキスを奪われた
女子中学生みたいな顔かな。

真っ赤だし――潤んで
ますよ、目」


「……………っ!?」


_サラリと言ってのけられた
セリフに、あたしはとっさに
両手で頬を覆うしかない。


だけど柚木クンは、なおも
あたしの羞恥心を煽るように、


「オレのキスで感じたん
でしょ?」


「なっ……バッ、バカな
こと言わないで!!」


「だから言い訳してもムダ
ですって。顔にそう書いてる」


「か、書いてないわよっ」


「里中さん、彼氏いましたよね。

なのにそんな顔してるなんて
意外だな。

もしかして、満たされて
ないんだ?」


「……………っ!?」


もはや会話にもなってない。


柚木クンは一方的に、
あたしを掻き乱す言葉
ばかりを紡ぎ出す。


_あたしがどれだけ抵抗しても
容赦しないというように、
確実に一言ずつ、心の中に
侵入してくる――…。


「ふぅん。やっぱり里中さんも
普通の人間なんですね。

仕事じゃバリバリのチーフ
なんてやってても、素顔は
ただの満たされない女って
わけか。

……彼氏とうまくいって
ないんですか?」


「あっ、あたしは――…!」


不本意にも、数日前に奈々と
した話を思い出してしまった。

奈々が、あたしと拓巳の
関係を倦怠期だと評した件。


(バカね、あたし。
何を気にしてるのよ……!)


_本当にそうだと思ってる
わけじゃない。

ただ、奈々の話と今の柚木
クンの言葉が似通ってた
から、つい思い出しただけだ。


……あたしは別に拓巳と
うまくいってないとも、
倦怠期だとも思ってない。


だけどそんなことを、
柚木クンに話す必要もない。


どうしてあたしがここで、
『自分は彼氏と円満だ』
なんてことを説明しないと
いけないのか。

こんな――こんなメチャ
クチャなキスをしてくるヤツに。


(―――帰ろう)


もうこれ以上、こんな所に
いたくない。柚木クンの
顔も見ていたくない。


_あたしはバッグを引っつかみ、
壁際のハンガーラックから
コートを取って部屋を
飛び出そうと思った。

本当に、そうしたかった。


だけど――悪魔のような
長い腕が、それを阻む。


「な――何するのよっ!?」


回り込んでユルリとあたしを
抱き留めた柚木クンの顔を、
信じられない思いで見上げた。


呆然とするあたしの顔を
その瞳に映し、柚木クンは
楽しそうに微笑む。


「帰しませんよ。

忘れました? お仕置き、
まだ終わってないですから」


「―――――!?」


グッと体に重圧を感じる。


あたしをしっかり抱き
すくめた柚木クンが、
その背中を机に押し付ける
ようにして、あたしの
逃げ場を塞いだんだ。


_背中を反らせて机に寄り
掛かり、前には柚木クンの体。

――もう完全に、身動き
できない。


「やっ……どいてっ……」


必死に柚木クンの胸を
押しのけ隙間を作ろうとする。


だけど力を込めれば込める
ほど、柚木クンも今以上に
あたしに体重をかけ、逆に
体は密着するだけだった。


「逆効果ですって。

けっこうかわいい抵抗しますね」


「やっ………!」


囁きと共に、柚木クンの
吐息が片方の耳にかかって、
ゾクッと体が震える。


そんなあたしの反応を、
柚木クンは嘲笑うかのように
クスクスと肩を揺らした。


そして――…。



_「そんなに満たされてない
ならさ。

オレがあげようか? ――刺激」


(え――――…?)


柚木クンの口調が、変わった。


それが何を意味するのか――

彼のことをほとんど知らない
あたしには、はかりようもない。


ただあたしは……その言葉の
匂わせる妖艶な香りに、
息を飲むだけ。


「な、何言って――…」


思わず視線を絡ませて、
そしてそらせなくなった。


レンズという壁を通さずに
見る彼の瞳は深く澄んでて、
艶めいている。


あたしはその黒に、
吸い込まれる――…。


「んっ――…」


再びのキスを、あたしは
電流のような痺れを
感じながら受け止めた。


_驚くほど柔らかい唇が、
浅く深く、あたしの唇を
ついばんで。

そして濡れた隙間をスルリと
割って、温かい舌が滑り
込んでくる。


「っぅん……ふ…ぁっ……」


なまめかしく動く舌が熱く
口腔を撫で、歯列をかすめ。

喉の奥まで刺激してくる
激しいキスに、あたしは
息もできなくなる。


「んぁ……や……ぁっ」


おかしいよ、あたし。


抵抗しなきゃいけないのに、
少しも体に力が入らない。


ほとんど机に押し倒されて、
舌を絡ませ。


あたし、何してるの?

相手は柚木クンなんだよ?
拓巳じゃなくて。



(こんなの――ダメ、
なのに――…)


_「――体は正直、ってね」


歌うような囁き声と同時に、
新たな刺激が体をバネの
ようにしならせた。

……柚木クンの右手が、
スーツの上からあたしの
胸に触れてる。


「やめっ―――…!」


「やめないよ。
当たり前でしょ?」


サラリと流して、膨らみに
触れる指先にクッと力を入れる。


「あぁっ………」


また腰が跳ねてしまった。


それでも、体自体はしっかり
拘束されてて動かせない。


「お願い、やめて……っ」


嫌だ、こんなの。

憤りと羞恥で体が焼けるようだ。


どうして……

なんで、こんなことに……。


_「……ね、どう?

彼氏以外の男に触られるのは、
どんな感じ?」


「んっ……はぁっ……っ」


耳の奥に意地悪な囁きを
埋めながら、彼の右手は
巧みにあたしの胸を翻弄する。


いつの間にかジャケットの
上から移動し、ブラウス
越しに膨らみを包み、弧を
描くようにゆっくりと
揉みしだいて。

そして時折親指と人差し指の
付け根で、キュッと中心の
敏感な突起を刺激する。


「んぁぁっ……」


悔しいけど、その度に反射的に
甘い声がもれてしまった。


気づくと両方の胸がそんな
ふうに彼の手の中にあり、
ジャケットは一番上の
ボタンをピンと張らせて、
今にもちぎれてしまいそう。


_耳元にあったはずの唇は
位置を下げ、あたしの
首筋にそっと吸い付く。


そして少しずつ下へと滑り、
身震いしそうなほどの
もどかしい感覚を与えて
くる――。


「ふぁっ……あんっ、やぁっ」


「……感じすぎ。

きつそうだね、これ脱ごうか」


柚木クンは首筋に顔を
埋めたまま、片手で器用に
あたしのジャケットの
ボタンを外した。

そしてそれを、袖だけが
残るような中途半端な形に
脱がせる。

あたしが後ろ手に机に手を
ついてて、それ以上は
脱げないんだ。


そしてその間も、もう
片方の手はやんわりと
あたしの胸を刺激してる。


「形がよくわかるように
なったね」


_満足げな囁きが聞こえたと
思った時には、ブラウスの
隙間から、指先が直に
あたしの肌に触れてた。


「ひゃっ……ぁんっ」


指先の冷たさと強い刺激。

抑えようのない感覚が、
あたしを震わせる。


「いい声。……ねぇ、
もっと聞かせてよ」


嬉しそうに囁いて、あたしの
鎖骨にキスを埋めて。


そうしてとうとう、ブラを
ずらし、一番敏感なそこに
直接触れる――…。


「やぁぁっ……ダ、ダメッ……」


ツンと尖って硬くなった
そこを指先でつままれ、
キュッと甘く爪を立てられて。

体の芯から沸き上がる
疼きを、どうしようもできない。


堪えきれない声がノドを
突き、腰がユラユラと
揺れてしまう。


_「“ダメ”? 

“イイ”の間違いじゃないの?」


嘲るように言って、なおも
先端を突いたり転がしたり。

そしてまたあがるあたしの
喘ぎを、柚木クンは目を
細めて楽しそうに聞いていた。


「体はこんなに正直なのに、
口ではつまらない意地張るんだ?
素直じゃないんだね。

――ま、オレはそういうの
好きだけど」


「あ……んんっ……」


「だけどそういうの見ると――
もっと、いじめたくなる」


「ひゃっ……あっ、あぁぁっ」


いっそう強くあたしを煽る指先。


どうしよう。

もう、何も考えられない。


唇の愛撫はどんどん位置を
下げ、今まさに胸の膨らみに
届こうとしてる。


_―――あたし――…

このままじゃ―――…。






―――そう思った時。





突然の電話の音が、張り
詰めた空気を一瞬にして
引き裂いた。



「―――――っ!?」



弾かれたように飛び上がる
あたしと、さすがに驚いた
様子の柚木クン。


だけど柚木クンは、すぐに
冷静な顔を取り戻して、


「電話? 
なんでこんな時間に――」


「あ………ぼ、防災センター
かも……」


一階にある、このビルの
警備員が待機してる所で、
夜には見回りをしてくれてる。


うちの営業時間はとうに
過ぎてるし、状況から言って
多分間違いないと思った。


_「防災センター?」


「……そうよ。夜10時に
見回りをしてくれるの。

うちがまだ人が残ってる
みたいだから、状況を確認
したいのかも。

来客中だと、見回り
できないから……」


刺激の余韻も消えないまま
たどたどしく説明したら、
柚木クンは『ふぅん』と
呟いて、手近な受話器を
取り上げた。


そしてさっきまでしてた
ことなんて嘘のような
涼しい声で、


「はい、ピュアスプリングです。

……ええ、はい。
そうですね、届けは出して
ません。
急なことで……はい、申し
訳ないです。間もなく全員
退社しますので」


_相槌の内容から、相手は
やっぱり防災センター
だったみたいだ。


軽快に言葉を紡ぐ柚木クンを、
あたしは呆然と見つめる。


やがて会話を終えた柚木
クンは、カチャリと
受話器を戻すと、


「そんなものこのビルに
あったんだ。

少しも知らなかった」


そう言うと、額にかかった
髪をパサリと払いあたしを見た。


(な、何…………!?)


再びドキリとするあたしに、
どこか呆れた眼差しを向けて、


「ボーッとしてないで、
服着てればよかったのに。

残念だけど、今夜はここまで。
続きはまた今度ね」


(なっ…………)


_とんでもない言い方だ。


それじゃあまるで、あたしが
喜んでされてたみたいに
聞こえる。


「――今度は、かわいく
ねだる顔も見せてほしいな」


「――ふっ、ふざけないでっ!!」


何が今度よ。そんなこと、
あってたまるか。


「あなた――最低ね!」


もうはっきりとわかった。


今まで会社で見せてた、
無関心で大人しそうな顔。

――あれは全部、作り物だ。


高飛車に笑って、人を
バカにする。

これが、柚木クンの本性。


どんな理由があってかは
知らないけど、今までずっと
キャラを作ってたんだ。


_とっつきにくいけど、
無害な後輩だと思ってたのに。


こんな――こんなヤツに、
あたしは――…!



「――もう二度と、こんな
ことしないで」


怒りで震える声で低く告げて、
あたしはブラウスのボタンを
掻き合わせ、ジャケットを着た。


自分の机に置いたバッグを
とり、柚木クンの顔も見ないで
ハンガーロックまで歩き、
コートを引っつかむ。


そしてそのまま一言も口を
きくことなく、オフィスを
飛び出した――…。





     ☆☆☆☆☆


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