HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
「あたし……先生みたいな人を好きになるべきだった」
涙を流して結香さんが自嘲じみた笑みを浮かべる。
「これからできるよ。結果的に、未遂……だったわけでしょ…?」
わざと咳ばらいをして僕は宙を見上げた。
何て言うか…こんな公共の場で語る内容にしてはあまりにもそぐわない。
見上げた先の空は瑠璃色の空が広がっていて、夜空に僅かな星が散っていた。
静かな夜だった―――
だから結香さんの次の言葉がはっきりと僕の耳に届いたんだ。
「…うん。未遂…。何て言うの?もっと相手のことを知って、そして自分のことも知ってもらって…なんて言うけど、
ホントは怖かったんだぁ」
臆病なの、あたし。バカみたい…
そう言って結香さんがちょっとだけ声を上げて笑い、乱暴に前髪をぐしゃりと掻き揚げる。
僕はその手にそっと自分の手を重ねて、彼女のその仕草を止めた。
「バカなんかじゃないし、怖いと思うのは当たり前じゃない?
だって未知の経験じゃん。誰だって知らないことをするのはすごく勇気がいるし、エネルギーもいる。
そこまでしなかったのは、きっと君の中に眠る“不安”って言う要素が多かったから。
そうまでして捧げるものでもないし、しなかったから大人になれないわけじゃない。
君が恥じることは何もないし、ましてや君が悪いことなんて一つもない」
僕が真剣な顔で彼女を覗き込むと、結香さんは眉を寄せて僕を見つめ返してきた。
涙が溢れて、とめどなく頬を伝い流れる。
やがて結香さんは嗚咽を漏らして、声を上げ―――
泣き出した。
その声は静かな夜空に吸い込まれ、星たちの輝きが彼女の悲しみを全てを受け止めてくれている気がした。