HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
あたしが真剣に言うと、美術バカはゆっくりと顔を上げた。
さっきの赤い色はまだ完全に引いてなくて、ちょっとピンク色をしている。
「留学したいって言ってたじゃん。将来はその道で食べて行きたいって言ったじゃん」
この頃あたしには夢中になれるものなんてなくて、だからこいつのそうゆう壮大な夢が羨ましかったりした。
「……うん、ごめん。ありがと。
でも……どうしても許せなかったんだ…」
“許せなかった”と言う一言がやけに強く胸に響く。
「あいつら…鬼頭さんを変な目で見てさ…」
美術バカが思い出しただけで腹が立ってくるのか、わずかに視線を険しくさせてあたしから目を逸らした。
「あたしはあんたがそんなことで怒ったのが驚きだよ」
あたしの言葉に美術バカは目をまばたく。
「どうして?」
「どうしてって、だってあんたってそうゆうの…ってか現実の女に興味なさそうだし。
男子たちのそうゆう猥談にも興味がなさそうだし、噂話の意味も分からなさそうだし」
あたしは近くにあった画集を手に取った。パラパラとめくると、ページにはベッドに横たわった裸の女が描かれていて、美術バカはまたも目をまばたかせた。
「こんなの平気で見るくせに、何であたしの噂には怒ったのよ。これってモネだっけ?」
「マネだよ。エドゥアール・マネ。彼の“裸婦像”は『不道徳』なんて不評を買ったけど、それまでの絵画の伝統を打ち壊し、まったく新しい開拓を起こしたんだ」
熱々と語るその説明途中、話を打ち切るためにあたしは手を挙げた。
「あー、分かったよ。あんたにこんなこと話したのが間違いだった」
あたしにはこの絵がただのエロい絵にしか見えないけど、だってヌードじゃん?
だけど美術バカは違った意味で惚れ惚れとその画集を眺めている。
楽しそうに画集を眺める美術バカの横顔を見て、あたしはふと気になたったことを口にする。
「ねえ、あんたって
キス、したことある?」