HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
「結ちゃん、あのさ……」言いかけた言葉を
「分かってるから」と結ちゃんはちょっと強めの声で被せた。結ちゃんの顏を見ると、無理やりと言った感じでぎこちなく笑顔を浮かべていた。さっきの薄桃色は姿を拭い去っていた。
「どうせ『君の気持ちには応えられない』とかでしょ…
分かってる。電話の時点で何となく察したから」
「……ごめん」
謝るしかできなくて、もっと他に言いようが無かったのか、すぐに後悔が波のように押し寄せてきた。音を立てて迫ってくる波が僕の脳内に響く。
「……元カノのことが忘れられないから…?」探るように目だけを上げて結ちゃんに聞かれ、その黒い瞳に困惑する僕の姿が映り込んでいた。
「いや……」
確かに雅は形だけなら“元カノ”に変わりない。僕たちの関係を一体何と例えればいいのか。形だけは別れた。でも、気持ちだけは繋がっている。そんなこと言葉で説明できない。
複雑なのだ。
結ちゃんはテーブルの上に置いた手をぎゅっと握って俯き加減で言った。
「……事情があったにせよ…先生のこと、簡単にフった人だよ。先生を悲しめた人なんだよ。
一方的に想ってるなんて報われないよ」
簡単じゃなかったさ。彼女は僕の為に自ら別れを切り出した。
テーブルの上から下に移動していた僕の拳に力が籠った。結ちゃんに対して怒りや憐れみを抱いたわけじゃない。ただ、そう決断したときの雅は僕以上の悲しみを負ったに違いない。
わざと突き放して、嫌われるような―――…
本当は別れたくなかった。雅の気持ちは痛い程分かる。でも、言葉では説明できない程複雑なのだ。
「えっと……」
慎重に言葉を選んでいると
「そりゃ『諦めていいの?』って言ったのはあたしだけど、でも……先生への気持ちに気付いて、何であたしあんなこと言っちゃったんだろ…って凄く後悔した。
その時はもう遅かったってこと?
やっぱ先生の元カノはファム・ファタルだよ」
ファム・ファタル―――それは以前結ちゃんが調べてくれた。
男を破滅させる女。
でも、それと違う意味もある。
―――男の運命を変える女性
これは言い方を変えればいい意味にも捉えられるんじゃないか。