HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
森本家を出るまで、お母さんは尚も言いたそうにしていたが森本の手前大人しくしていたようだ。僕は「それでは、夜分遅くに失礼いたしました」と社会人の礼儀として、いやいっそわぞとらしい仕草で頭を下げ、今度こそ家を出た。
―――途端に気が抜けた。
「はぁ」大きなため息と共にその場にずるずるとしゃがみこむ。
やって―――…しまった…
雨は止むことなくさらに激しさを増したようだ。
頭や肩を打ち付ける雨粒が冷たい。耳の奥まで雨音が響いている。けれどその冷え切った雨粒よりも僕の心の方が冷え切っていた。
そう、冷え切っているのだ、この家は―――
僕は『森本』と書かれた表札を眺め目を細めた。
――
―――
どれぐらいそうしていただろう。ふいに
「神代―――…先生?」と男の声で呼ばれて顏を上げると、僕のクラスの生徒…中川がビニール傘を差して突っ立っていた。
「中川―――…?どうして君が…」
「いや、どうしてって。うち、そこだし。てか先生こそどうしたんだよ。ずぶぬれじゃん」と中川は走り寄ってきてご丁寧に傘を差しだしてくる。今更傘を差しだされたところでもう手遅れな気がしたが、厚意は素直に受け取った。
そう言えば中川は森本家の斜向かいに住んでるとか言ってたな。中学も同じだったとか。
中川は、森本とは正反対で梶田と同じ、ちょっと不良ぽいグループの一人だ。けれど根が悪い子ではない。
「どうしたんだよー、また森本姉妹と揉めてたんか」と中川は好奇心からわくわくと聞いてきたが僕が黙ったままだと流石に空気を読んだのか、こめかみをちょっと掻いて
「とりあえずうち寄ってけよ、そのままじゃ風邪ひいちまう」と手を差し伸べてくれた。こう言うところとか、本当は優しい気質が窺い知れる。が、
「いや…それは流石に…」と断ろうとすると
「文化祭の来客チケット用意してくれただろ?それの礼」と中川はぶっきらぼうに笑い、僕もつられて笑った。
「じゃぁタオル貸してもらおうかな」