揺れない瞳

ウェディングドレスを詰めたカバンを手にしている私に気づいた川原さんは、小さくため息を吐いた。

「悪いな。初めて会ったばかりの不破さんに、こんな内輪もめを見せて。
……で、もう予想ついてると思うけど、こいつが俺の婚約者。
結婚式で不破さんのウェディングドレスを着たいって言ってる張本人」

どう聞いても機嫌がいいとは言えない川原さんの声に、私はどう答えていいかわからない。
とりあえず、立っているままというのもおかしいので席についた。

ドレスを川原さんに渡したらバイトに向かおうと思っていたけれど、目の前にいる二人から漂う重い空気を考えると、簡単に帰るなんてできない雰囲気だ。

切なく苦しそうな彼女の隣で飄々としたままの川原さん。
とはいえ、テーブルの上に置かれた彼女の手を握りしめて離さない様子を見ると、彼女を突き放しているわけでも、怒っているわけでもなさそうに見える。
どちらかというと、呆れている雰囲気。

「ごめんなさいね。私、藍野紗代子っていいます。大切なウェディングドレスなのにお借りしたいなんて、すみません」

川原さんの婚約者、紗代子さんは、私に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
綺麗に施されている化粧は明るい雰囲気を作っていて、彼女によく似合っている。
着ているスーツも時計も、見るからに高価な物だとすぐわかるし、落ち着いた物腰からも、彼女が社会人だとわかる。

「せっかくお時間をいただいて、ウェディングドレスも貸していただけると言っていただいてありがたいんですけど。あの……」

紗代子さんの言葉は、突然そこで途絶えた。
隣にいる川原さんが彼女の手を引っ張って言葉を遮ったみたいだ。

「今更、不破さんのウェディングドレスは着ない、とか言うなよ」

川原さんの低くて荒い声が、その場に響いた。
表情だって、ひどく強張っている。
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