揺れない瞳
「バイトに行かなきゃいけないので、失礼します。……あ、お幸せに」

コート、そしてウェディングドレスが入っている鞄を急いで手に持って、私は軽く頭を下げた。

川原さんは、申し訳なさそうな表情で立ち上がると、私がテーブルに置いたお金を私に差し出した。

「今日は、俺達の事で振り回して申し訳なかった。改めてお詫びはさせてもらうけど、これは持って帰ってくれ」

私の手にお札を押し付けた川原さんは、私への謝罪の気持ちを隠す事なく、何度か頭を下げた。

その一生懸命な様子を申し訳ないと思う気持ちと、とにかくバイトに行かなきゃいけない焦りから、とりあえずお金を受け取った。

「お詫びなんて、いらないので気にしないでくださいね。
じゃ、急ぐので、これで失礼します」

席を離れ、そして店の出口に向かって早足になった時に、背後から慌てた声が聞こえた。

「不破さん、待って」

その声に驚いた私は、思わず立ち止まって振り返った。
すると、紗代子さんが荷物を手に急いで私にかけよると、あっという間に私の腕を掴んだ。

「車で来てるから、送らせてちょうだい」

にっこり笑った紗代子さんからは、さっきまでの戸惑いや切なさは感じられなくて、それどころか、有無を言わせない瞳の力が私を射るようで驚かずにはいられなかった。

「えっと……、近くなので、電車で大丈夫です」

「近くなら尚更、送らせてちょうだい。
本当、忍が……ううん、私も。不破さんを振り回してしまったから、送るくらいさせて欲しいの」

腕を掴まれ、そのまま引きずられるようにカフェの駐車場に連れてこられた。

紗代子さんは、私の遠慮なんてお構いなしに助手席に私を押し込むと、ほっとしたように運転席に座った。

「さあ、急ぐわよ」

そして、エンジンをかけてハンドルに手を置いた瞬間、はっと気づいたように

「忍くんっ……忘れてた。うわっ怒られるよー」

まるで高校生のように、くしゃっと顔を歪ませた。
その単純な表情は幼くて、私よりも年上だなんて、全然見えなかった。

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