Honey Bitter
そうとは思っていても、何故か不安は拭いきれず自分の勘に従い、ビルの端から顔を引っ込める。
これで私には少し離れた場所にある家や、明るい月、暗い空しか見えなくなった。
顔を少しだけ上げ、いつもよりほんの少しだけ近い月で自分の視界いっぱいにする。
月は、"いいんだよ"と、私に優しく微笑んでいるようだった。
―――――!
突然、一台のバイクのエンジンが聞こえたと思えば、それに続き何十台ものエンジン音がして、同時に人の叫び声がし始めた。
それにしても、何回聞いても聞くに耐えない音だ。
これじゃあ、近所迷惑どころの話じゃない。きっと、いや絶対、誰かが通報して警察が来る。
バイクの音から逃れるために耳を塞ぎながらそんな呑気な事を考えていた。
まさか、誰かが近付いて来ていたとは微塵も分からずに。