失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



キッチンからチンという

小さな音が聞こえてくる

彼がなにか朝食に食べるものを

用意してくれているんだろう

ベッドをノロノロ抜け出した

裸なのでなにか着ようと思うが

リビングに脱ぎ散らかしてあるのを

拾いに行く気にもなれなくて

重い身体を引きずりながら

裸で顔を洗いに洗面所にいく



ぬるい水で顔を洗ったあと

鏡を見上げると泣き腫らした目が

赤くなっていてみっともなかった

もう一度水を出し腫れた目の回りを

じゃぶじゃぶ洗ってみる

なにも変わらないけど



泣くことに

疲れた



鏡に映る自分の肩に残る

彼がつけたキスの赤い痕

彼を引き留めるために切った

両腕に残る自傷の痕

消えてしまうものも

残ってしまうものも

どちらも悲しい




生きることは悲しい

生きていたくなくなるほど

悲しいよ




もう顔を上げられなかった

洗った顔が乾かないうちに

また涙が溢れてきて

洗面台の上に落ちた





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