失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
来てはみたもののそれ以上
なにを話していいかわからなかった
下手なこと言ってもボロが出そうで
頭の中がグルグルした
「天気いいね…散歩行こうか?」
兄が出してくれた助け舟
僕はうなずいた
「海を見に行こう…私が漂着した浜
辺とか…」
兄の車椅子を押して病院を出た
「…あの頃はまだ松葉杖で歩けた…
歩けるようになったんだ…足骨折し
てたからね…それで海岸に出られた
…それが間違いだった…ウツも治り
始めが一番自殺率高いって…私もウ
ツだったんだね…きっと…」
それでここで死のうとしたんだよ…
そう言って兄は堤防の上から
浜辺を指さした
高い秋の空を映す青い静かな海は
人を飲み込むようには
僕の目には到底見えなかった
兄も微笑んでいた
その姿も死を望んだ人間とは
僕には見えなかった
「聞いた? あの話…」
兄が僕に訊いた
「うん…聞いたよ…信じられないよ
うな話で…聞くのやめたくなった」
「そうか…そうだよね…君には辛い
話だったね…」
兄がすまなさそうな顔をして
車椅子から僕を見上げた
その顔が愛しくて
僕は思わず目を逸らした