失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




秋の海風は少し肌寒く

僕は兄に聞いた

「寒くない?」

「少し…」

「帰ろうか?」

「いや…もう少しいよう」

風にはためくひざ掛けの端を

僕は兄の身体の下に入れ込んだ

風が入らないように足元を

しっかり包みこむ

「ありがとう…だいぶ暖かい」

そしてしゃがんでいる僕に

兄はこんなことを言った

「手を貸して…」

「え…?」

きょとんとしてる僕に

兄はもう一度言った

「君の手を私に握らせて…」



かぁっと頬に血が昇るのがわかった

いや…それはちょっとマズイ

なんでなんでなんで?



「恥ずかしい?」

兄が僕に訊く

当たり前でしょう?

「…え…え…あ…あの…なんで?」

僕はどもりまくって逆に聞いた

「人の体温に触れたいな…って」

兄は笑いながら無邪気に言った

「君は私のこと嫌いじゃないし弟だ

し…遠慮なく言えるでしょ?」

「あ…そ…そうだ…けど…」

「誰にでも言えるわけじゃない」

それは…確かにそうだけど…

「だめ?」



その「だめ?」は反則だ…

と大きな声で言いたくなるくらい

兄は可愛かった

なぜそんなことを言うのか

まったくわからないまま

僕は言葉もなく無言で

兄の膝の上に右手を差し出した








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