つむじ風。

「亮二さん、あの女、しぶといんすか?」

浩介がニヤついた声で助手席から訊く。

何が言いたいのかは、よくわかっていた。

俺と博子の間に、まだ肉体関係がないことを知っているからこう言うんだ。

「黙ってろ」

おまえらが心配しなくても、
すぐにそうなる。

いつもより時間がかかっちまったけどな。
もうすぐあの女は俺のものになる。


生憎、俺たちの住む街には
東京タワーやスカイツリーといった類のものがない。

俺は小高い山に向かって車を走らせた。

平日ということもあり、他の車は見当たらない。

狭い道だったので、対向車が来なくて助かった。
なんせ、大きな車だから離合が大変だ。

助手席のおまえは、終始窓の外の流れていく景色を眺めるばかりで、一言も発しなかった。



車に乗る際俺が助手席のドアを開けると、おまえはせわしなく瞬きをしながら言った。

「…私、後ろに乗るわ」

おまえらしい…

俺は内心笑って、わざと訊ねる。

「なぜ?」

「なぜって…だって…」

人妻だもんな、おまえは…

堂々旦那以外の男の助手席に乗るのは気がひけるんだろ?
俺だってそれくらいわかる。

でも俺は強引に言った。

「タクシーじゃないんだ。乗れよ、こっちに」

「でも…」

「いいから」

そして背中を押すと、しぶしぶといった感じで助手席に乗り込んだ。



煌めく街並みを通り過ぎて山道に入ると、
おまえは膝に置いていた手を固く握り締める。


今のおまえの心が手にとるようにわかる。

二人きりの車内のこんな沈黙も、
後々、気持ちを昂ぶらせる布石となることもある。

だから、俺もあえて口を開くことはしない。


曲がりくねった山道に合わせて、
俺は滑らかにハンドルを切った。

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