つむじ風。

抱きしめようと思えば、抱きしめられた。

この腕で、その体を強引にでも引き寄せて。

そして胸の中のおまえの耳元で
甘い言葉を囁けたはずだ。

絶好のチャンスだったのに、しなかった。
いや、できなかった。

なぜなら、おまえに伸ばしたこの手が震えていたからだ。

その時気付いたんだ。

心が揺れていたのは、おまえ以上に
俺の方だったのかもしれないってな。

おまえを堕として、警察情報を取る、
そんなこと無理だって、
初めからわかってたんじゃないかって。

なのにそのことに気付かないフリをしていた。


会いたくて会いたくて
仕方なかったのは、俺の方だ。

その声が聞きたくて聞きたくて
どうしようもなかったのは、俺の方だ。

会えば会うほど、あの頃以上に

俺がおまえに、堕ちてゆく…

その穢れのない瞳に、
その優しい笑顔に。


なぁ、博子。
今さら何言ってんだろうな、俺。

もしかしたら、もう遅いのかもしれない。

でもこれ以上、
おまえを圭条会の思惑に巻き込むことは
俺にはできそうにもない。

だから…
俺が蒔いた種は
俺がその芽を摘み取る。

おまえをこの企みから、解放する。

どんなことをしても、な。


おまえが、約束が嫌いなのは知っている。

でも俺は約束する、絶対に。

おまえを守る、と。

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