執事と共に賭け事を。
「私に勝ったとき、気は晴れましたか?」


ヒガキは、何も答えない。


「私は、完膚なきまでに叩きのめされました。貴方は、その私を見てどう思いましたか」


水によって奪われた体温は、火を抱えているかのように熱くなっていた。


「沈み行く船の話、私と春樹と、貴方が乗っていたとして、誰か一人を犠牲になるなら、春樹が犠牲になるでしょう。けれどもし、春樹に何かがあったら、私が海に飛び込みます」


抱えているような、包み込まれているようなひたすらに熱い熱に、ヒガキは目を閉じた。


「春樹が犠牲になったら、私はなんとしても彼を助け、彼はなんとしても私を守りに生還するでしょう。逆もまた然りです。お互いを信じているから」


手の震えは収まらないが、深い呼吸が出来た。


「そこに、敵である貴方を犠牲にするという選択肢はありません。偽善と思うかもしれませんが、少なくとも私はそう信じています」


恵理夜の、心地よい響きの声だけが、身体を満たしていた。


「貴方に、感謝しています。今回のことで、私はまたひとつ強くなれました」


長い長い語りの中、絶望に満たされた水の中から救い出されるのを感じた。
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