閃火高遠乱舞






 波は静かに砂浜に打ちつけ、潮風がカモメを嬲るように吹いている。その奥には山がそびえ、色とりどりに紅葉した風景が見られる。
 景色は知らず知らずの内に、秋になっていた。
 宝王子はその風景をのんびりと眺めていた。北朝鮮を堕とした今、急な遠征もあるまい。近づく本部を思い、忙殺されるのであろうと想像し、顔色を悪くした。今のうちに休んでおかなくては。そんな義務感すら湧いてくる。
 そんなブリッジに近づく者がいた。
 気配に気づいて振り返ると、サイードの姿を見つける。話した記憶もない彼がこちらに向かってくるのに、宝王子は焦った。どうしようか。悩んでいるうちに、隣に並ばれてしまった。
 思わず沈黙し、海に視線を下ろす。今更知らないふりはないだろうと思ったが、ほかに回避する方法がなかったのだ。ダッシュで逃げないだけ、ましだろう。
「お前が陸軍の将軍?」
 サイードが口を開く。それを今言うということは、自分に言っているのだろう。そう判断して、「ああ」と短く肯定する。
 振り向くとサイードが予想外にもじっと見ていて、思わずたじろいでしまう。外人は目を真っすぐ見て話すと言われているが、ここまで視線を合わせられると正直気まずい。
「俺に稽古付けて欲しい」
 続けられた言葉に、うつむいていた宝王子は勢いよくサイードを見た。あまりの勢いにサイードが驚くが、宝王子にそんなことを気に留める余裕はなかった。
「稽古って…アンタ王子様だろ?それに、文官だって聞いたけど……」
 サイードはれっきとした王族だ。王のいない日本人にはいまいち実感が湧かないが、護身術の手ほどきくらいは受けているだろう。そもそもサイードは文官タイプだ。剣を持って戦場に立つ機会すら、限りなく薄いだろう。
 その返しに、サイードが笑った。人懐こい猫のような笑顔だ。
「問題ないって。むしろ、日本の軍務とかに関わってるほうがアンタ等にとっては危険なんじゃないか?」
 それもそうだ。サイードはアメリカ人で、次期アメリカ宰相の椅子が用意されていると聞く。そんな彼が日本の軍事などに携えば、逆に謀反などの言いがかりを受けるかもしれない。特に聖徳が、危険視している。友好な関係を築くのは難しそうだ。
「なるほど…要は暇ってワケだ?」
 宝王子は納得して頷いた。
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