透明水彩
こんなにも何一つ変わらないのに、あたしが狙われているって本当?
本当に、訳のわからない装置でどこかへ逃げる必要がある?
「――なぎ、美凪ってば!」
「…え? ああ、何?」
「何?じゃないでしょうに。何回呼んだと思ってるの?」
不意に耳に届いた声により、思考を彷徨っていた意識が現実へと引き戻された。ハッとして足を止め声の方へと視線を向ければ、藍香は立ち止まり、心配そうな面持ちであたしの顔を覗き込んでいる。
だから苦笑混じりに「ごめん。」と短く謝れば、返って来たのは盛大なため息と、呆れたように向けられる眼差しだった。
「全く……。いきなり黙り込んじゃってどうしたの?って聞いたんだけど。」
「あー、そうなの? でも、別にどうもしてないよ。ちょっと思い出したことがあってさー。」
そう答え、藍香の問いを笑ってごまかす。そんなあたしの横、理人が何やら思案しながらあたしを見下ろしていたことに、気がつかなかった訳じゃないけれど。
またいつ遠ざかってしまうかわからない平穏を壊したくなくて、あえて気がつかなかったフリをした。