透明水彩

そう言い終わるや否や、目にも留まらぬ速さで振り上げられる銀色の凶器――バタフライナイフ。

本当の命の危機に瀕したとき、人間は逃げることはおろか、悲鳴さえあげられないのだと、迫りくる切っ先を見ながら、あまりにも非現実的な光景を、すぐには受け入れられずに立ち尽くした。

――刹那、


「…っ!美凪っ!」


ぐいっと引かれた左腕と同時に遮られた視界、そして鼓膜を刺激した理人の大きな声で我に返る。


「り、ひと……?」


理人に引き寄せられ、あたしを庇うように抱きしめられる体勢になっていると気づくまで、およそ1秒。


「……っ!」


ゆっくりと視線を上げた先、理人の表情が歪んだのを捉えるまで、およそ3秒。


「理人…っ!」


すぐさま少し離した身体、理人の左上腕部に滲み出す赤を視認するのと、謎の男――恐らくはあたしへの刺客が、薄気味悪い高笑いを奏でるのは、ほぼ同時のことだった。
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