透明水彩
「そろそろ、鬼ごっこはおしまいですよ。」
廃材の上から無駄の無い動きで飛び降り、徐々にあたし達との距離を縮めていく。その間、男の視線は片時もあたしからそらされることはなくて。
「さぁ、誰から切り刻まれたいですか?」
男の手元でナイフが、まるで飢えた獣の瞳のように、忌ま忌ましく茜色の光を反射した。
「………藍香、美凪を連れて逃げて。」
「え…?」
「あいつが狙ってるのは、美凪みたいだからね。俺が少しでも時間を稼ぐから、できるだけ遠く、安全な場所へ美凪と逃げて。」
厭らしく笑う男をきつく睨みつけたまま、理人は小さく藍香に囁く。そして微かに口角を上げた表情は、あたしにも藍香にも、有無は言わせないと言っているようだったけれど。
「……ダメだよ、理人。あたしが残れば全て済むから、だから理人が、藍香と逃げて。」
ようやく発することができた声は、思いのほか震え、掠れていた。だけどそれでも、言わなければいけない。このままではいけない。
あたしのために理人を犠牲になんて、そんなことできるはずがないんだ。理人を犠牲にして、あたしが助かるなんてありえない。
――両親みたいに、あたしのために命を懸けるなんてやめて。