君を忘れない。
いきなりのことで、私は小さく悲鳴をあげた。
だけどすぐに、一平さんの服を握り締めた。
一平さんの匂いがする。
心臓の音が聴こえる。
触れていられる。
葉が舞う桜の木の下で、私達はしばらくの間そうしていた。
「…君に何かあったら、どうしようかと思った。」
桜の木の根本に二人で座り、一平さんは初めて口を開いた。
「家族は、みな無事なのか。」
「はい。幸い、家に被害はありませんでした。」
「そうか、よかった…。」
一平さんは本当に安堵したようで、はぁっと息を吐き出した。
家族のことまで、心配していてくれたのだろうか。
この人は、どれだけ優しいのか。
「…喜代。」
低く落ち着いた声で、一平さんは私の名を呼んだ。
「はい。」
私も慎重に返事をした。