償いノ真夏─Lost Child─
「夜叉淵には、伝承があるんだ」
夜叉様、という存在の信仰。この村に根付く、謂わば『土着信仰』だ。
「夜刃鳴沢(やとなりさわ)には行ったことあるか?」
夜刃鳴沢。真郷も存在だけは知っている。山の裏手に流れる沢。
けれど、足場が悪いからあまり近寄る人は居ない。
真郷はちいさく首を振った。
「あの沢を、ずっと辿ると、鱗沼(うろこぬま)っていうでっかい沼があるんだけど。昔、その沼に大蛇が棲んでてさ」
大蛇といっても、ほとんど魔物みたいなものだった。
人を喰い、女子供を浚い、長雨を降らせた。
村人はその大蛇を『夜叉』と呼んで恐れた。
しかし夜叉は、村に住む一人の美しい娘に恋をしてしまう。
それからピタリと悪さを止めた夜叉は、立派な若者に姿を変え、夜な夜な娘の元へ通った。
二人はほどなく恋に落ちたが、幸せは続かなかった。