償いノ真夏─Lost Child─


「夜叉淵には、伝承があるんだ」


夜叉様、という存在の信仰。この村に根付く、謂わば『土着信仰』だ。


「夜刃鳴沢(やとなりさわ)には行ったことあるか?」


夜刃鳴沢。真郷も存在だけは知っている。山の裏手に流れる沢。

けれど、足場が悪いからあまり近寄る人は居ない。

真郷はちいさく首を振った。

「あの沢を、ずっと辿ると、鱗沼(うろこぬま)っていうでっかい沼があるんだけど。昔、その沼に大蛇が棲んでてさ」


大蛇といっても、ほとんど魔物みたいなものだった。
人を喰い、女子供を浚い、長雨を降らせた。

村人はその大蛇を『夜叉』と呼んで恐れた。

しかし夜叉は、村に住む一人の美しい娘に恋をしてしまう。

それからピタリと悪さを止めた夜叉は、立派な若者に姿を変え、夜な夜な娘の元へ通った。

二人はほどなく恋に落ちたが、幸せは続かなかった。

< 71 / 298 >

この作品をシェア

pagetop