さあ、俺と秘密をはじめよう
富田君は墨汁をどこからか取り出し、橋本さんに渡す。
「ほい。墨汁」
「はいはい。あ、あと富田、肥溜は?」
「そんなもんあるわけねーだろ!」
橋本さんはジャージに墨汁をかける。
(もう…使い物にならないわね…)
こんな時でも私は至って冷静で何故か他人事のようになってしまう自分がいた。
シャージは奪われた時点で取り返す気力をなくした。
(また…買わなきゃ…今回ので何回目なんだろう…)
入学当初からだから、もう5回以上ジャージを取り替えてる。
「ねー、あれ見てよ」
「本当だ。自分のことなのにね」
と、クラスメートのどこか冷やかな声が聞こえてきた。
見てるだけで自分たちは助けようともしない。
言いたいことだけ言って、いざとなれば他人に頼る。
低能な生き物なのだと。
(自分でもそう思うよ…冷静冷酷な人間なんだって…)
私の場合寧ろ、もう感情というものが死んでいるのかもしれない。
生きていることにでさえ、あんまり喜びや充実を感じないのだから。
そう思う日々は毎日のことだ。
私はこれ以上見ても、意味はないと判断した。
ジャージはダメになったことだから買い換えるしかない。
(ジャージがダメになっちゃったし、1限は出られそうにない…)
そうと決まり、私は教室から早く出てどこでもいいから別の場所に移りたかった。
―――――――駆け足で、私はどこかに走っていた。
ただひたすら―――。
気づいたら、私は屋上まで来てしまった。誰も追っかけてはこなかった。