空しか、見えない
 のぞむは慌てたように、パンツのポケットから折りたたみ式の財布を取り出した。紙幣やカードがぎゅうぎゅうに詰め込まれた財布は、皮のところどころがよれていて、毎日の暮らしがそう楽だったわけではないのを想像させた。

「覚えてる?」

 そう言って取り出したのは、1枚の写真だった。
 場所は、岩井海岸だ。あの、免許を取り立てだったのぞむが連れていってくれたドライブでの写真のようだ。ふたりで肩を並べて、車の前で少し寒そうに潮風に吹かれて立っている。背景には、岩井海岸の砂まじりの穏やかな海の色が、ずっと奥まで広がっている。
 折れ曲がって、角もすり減った写真だった。
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