トルコの蕾
そのとき真希には、付き合い始めたばかりの恋人がいた。
真希と同い年の、真希より少しだけいい大学を出たことを自慢にしている男だった。
真希と初めて寝た翌朝のことだった。彼はあろうことか、入社して間もない会社を「休もうかな」と言い出した。
まるでそれが、真希の為だと言わんばかりに。
「嘘でしょう?」と呆れ顔の真希の隣でまだ学生気分の抜けない彼は、上司に携帯電話から「風邪をひいたので休みます」という、メールを送った。
武と比べれば何もかもが、彼は武より劣っていて、武が既婚者だという点を除かなくともそれは同じことだった。
武に比べれば彼は子どもで、甘ったれで、自意識過剰などうしようもない男だった。武と会う度にそのことを思い知らされた真希は、彼とそれ以上一緒にいることが耐えられなくなった。
武に一度抱かれてからは坂道を転がり落ちるように呆気なく、真希は武の手の中に落ちた。
真希は武が妻を心の底から愛していることを、嫌というほど知っていた。
それでも自分の気持ちを止めることができなかったのだ。
今ならわかる。
妻がいる男を本気で好きになるなんて、愚かなことだ。
子どもだったのだ。
あんなに妻のことを愛している人を奪うことなんて、出来るはずもなかったのに。