トルコの蕾
口ひげを生やした五十歳くらいの男性店員が、真希の座った席に注文をとりにやってきた。白髪混じりではあるが、見ようによってはかなり整った顔立ちで、俳優にでもなれるんじゃあないかと思うほどのオーラを持っているように真希には見えた。
「あ、カフェラテとスコーンをお願いします」
手書きのメニューを見ながら真希が言うと、男性店員はメモもとらずに小さく頷いて、カウンターの向こう側へ戻っていった。
接客としては最悪だが、彼の立ち振る舞いはこのカフェの静かな雰囲気にはよく合っている気もして、不思議と嫌な気分はしなかった。
斜め向かいの夫婦は楽しそうに何やら語り合っていて、妻が時折見せる甘えたような表情と、それを愛おしそうに眺めながらうんうんと頷く夫の優しそうな空気がふたりの絆の強さを物語っているように思えた。
このふたりの間に産まれてくる赤ちゃんは、さぞかし幸せになるんだろうなと真希は思った。
それと同時に、あのとき武と別れたのはやはり正解だったとも思った。
産まれてくる赤ちゃんの幸せを、危うく壊すところだったのだ。
落ち着いた照明の中に窓から射し込む昼下がりのあたたかい光が心地よい、静かな店内で飲むカフェラテは思いのほか美味しく、サックリとした焼きたてのスコーンは冷たいカフェラテと口の中で見事なまでに溶け合った。
この美味しいカフェラテを太一にも飲ませてやりたいとつい思ってしまったのは、幸せそうな夫婦を見てしまったからかもしれない。
今頃、絵美は真っ赤な顔で彼のお母さんに贈る花を選んでいるのだろうか。
窓から外を眺めながら、真希は思わずひとりでふふふと笑った。