みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


――男女の関係?そんな生々しいモノある訳ない。大体そんな気、この男に起きないし。



「ねえ。信ちゃん、今度いつ帰ってくるの?」

晴オススメの桜鯛の塩焼きをつつきながら、早くも1杯目を飲み終えてグラスに注ぐ楓に尋ねた。


「来週末――今回は割と早いよ」

「じゃあ帰って来たら、連れてきてよ?もちろんココね」

すると返ってきた声はどことなく嬉々としているが、私はいつもと同じ言葉を向ける。


「分かった」

小さく破顔した時の楓は、やっぱり可愛い顔しているなと思うのは秘密。というか、口にすると怒られるのだ。


ちなみに“信ちゃん”とは、彼のパートナーの男性。――つまり楓は、同性愛者である。


ちょうどひとりで飲みに来ていた時に、この店で彼らに遭遇したことがそもそもの始まり。


…それより以前に、店員の晴は彼らの仲を知っていた。つまり私と彼らは、互いの素性を知って意気投合したというわけだ。


つまり楓が職場の女性に冷たくするのは、自分に好意ある女性の態度にひどく嫌悪しているから。


また必要以上に職場の人間と親しくなって、信ちゃんとの関係を知られたくないのも理由だとか。


確かにオープン社会になったとはいえ、普通のサラリーの立場でカミングアウトするには勇気が必要だろう。


ちなみに彼らは、この商店街から徒歩10分程度先のマンションに居を構えている。


部署が違って関わりなかったし、ご近所さんだとは露知らず。――本当に世間って狭いものだ。


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