911の恋迷路
「俺から言うつもりだったのに」
すっかり日が落ちて人の顔の判別が難しくなった通りを眺めながら、
慎が口を開く。
「難しいな、人に正直な気持ちを話すのって」
複雑な家族関係の中で、いつしか正直な気持ちを話すのが怖くなった。
明るさを増した店内で、果歩の隣で、慎は照れたように笑う。
「あたしは慎さんに、もっと笑ってもらいたいって思う」
果歩も照れ笑いをする。
そう、ふたり初めて出逢ったときに笑いあったように。
不幸な時間だけでなく、幸せな時間もめぐり巡って繰り返すのだ。
そう思わないと生きていけない。