ワイルドで行こう
矢野さんの食事が終わってすぐ、琴子は事務所に呼ばれる。
「これ、俺のだけど我慢しな」
あのワッペンが縫いつけられている紺色の作業着を手渡される。そして作業員の彼等が被っている龍星轟のキャップ帽まで。
「龍星轟の店頭に出るからには、たとえ、にわか作業員でもきっちり龍星轟の姿をしていてもらわないとな」
なるほど。気持は『雇われた新入り』という本気の気構えで行けということなのだと、琴子も言い聞かせる。
そして言われるまま長袖の作業着を着た。羽織ると、ふわっと英児と似た匂い。男独特の匂いに煙草。さすがにトワレの匂いはしなかった。そして大きい。
「袖、めくりな。長袖で暑いだろうけど我慢しな。少しは日焼けしなくて済むだろう」
そんな気遣いもあったようだった。なんとなく矢野さんというおじ様のことがわかってきた気がする。でも、今からすることって……大丈夫なの? それに『試す』てなにを?
事務員の彼は、矢野さんがすることだからと、ちょっと困った顔をしていてもなんにも言わずに、仕事をしているだけ。
そのうちに矢野さんは、英児の社長デスクの裏に回り、壁際にある鍵が沢山ぶら下がっているボードから何かを選ぼうとしていた。
「そうだな。R32(アールサンニイ)でいいか」
その鍵を手にすると、やっと事務員の武智さんが呟いた。
「怒るんじゃないっすか。流石に、勝手に動かすのは。そこは『社長の所有物』なんだから」
「そうかもな。まあ、アイツの度量っつーのかね。ちょっと俺も興味あるわ。最近、丸く収まりすぎてちょっと気になっていたんだ」
「丸く収まって上等じゃないっすか。ヤですよ、俺。タキさんと矢野じいがやり合うの、困るんだから」
そして彼が言った。
「親父と息子の喧嘩みたいに派手なんだから。最近は『どっちも大人になってくれて』平和だったけど。二年前かな。殴り合って店のガラス割るとかカンベン」
親子みたいな関係? それにそんな男っぽい派手な喧嘩してしまう程の仲!? まだよく知らない琴子は驚かされる。