ワイルドで行こう

 
 その日の夜。周辺の店も事業所の事務所も閉まると、本当にこのあたりは人気もなくなる。空港側の郊外はあまりにも静か。
 そんな店兼自宅の龍星轟に住まう英児は、今夜は久しぶりに一人。
 彼女とつきあい始めたからこそ手をかけた新しい寝室は、いまはもう二人がいちばん一緒に過ごす部屋。
 そこで英児は滅多に飲まない缶ビールを片手に、暗がりの中でラリー鑑賞。
 前はそれが当たり前だったのに。前はそんな時間もリラックスできる楽しい時間だったのに。
『英児さん。コーヒー飲む?』
 そろそろ声をかけてくれる時間なのに。
 隣で眼鏡をかけて、ノートパソコンで持ち帰りの事務仕事をしたり、ネットサーフィンをしている彼女がいない。
 眼鏡の横顔、可愛らしい目と唇の。手を伸ばせばすぐそこにいた琴子がいない。
 毎日が二人になると、一人というものをこんなに強く感じるだなんて思わなかった。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 翌朝一番に鈴子義母から連絡があった。
 熱は下がったがまだ微熱で、今日も会社を休ませることにした――とのこと。
「英児君。今夜、こっちにおいでよ。お母さん、お夕食を用意して待っているから。琴子も英児君を一人にしたって気にしていてねえ……」
 『英児さんを一人にしちゃった』と、また琴子が気にしてくれている――。それを聞いただけで、英児はしゃっきり背筋が伸びる。
「俺は大丈夫です。うん、でも、琴子が心配なんで夜はそちらに行きますね」
 義母の『待っているよ』に、英児もほっとして電話を切った。
 本日も業務開始。ピットで一台チューニングを片づけて、武智と事務仕事。昼下がり、事務仕事もだいぶ片づいたころ、外でワックスがけをしていた矢野じいが事務所に戻ってくる。
「さっびー。こんな日はあったけえ鍋焼きうどんが食いてえなあ」
 矢野じいも休憩所に備えているヒーターへまっしぐら。まずは冷えた身体を温めている。そして何気ない一言。
「うー。この前の琴子の鍋焼き、うまかったなあ。あれ食いてえ」
 そして武智も。
「あれ、美味かったよな。お母さんに教わったと言っていたから、琴子さんのお母さんは料理上手なんだね」
 勿論、こんな時。英児はこぞって話題に参加するのだが。無言。
「タキさん、どうしたの」
 気怠く顔をあげると、向こうにいる矢野じいが呆れた顔を見せた。
「お前よお。母ちゃんに捨てられたガキみたいな顔してんなよ。琴子が実家に帰ったぐらいで」
「んなんじゃねーよ」
 いえ、その通りなんですが。でも本心を親父には見せまいと必死に隠す。

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