SONG 〜失われた記憶〜
 玄関まで出向き、彼を出迎えた第一声のその一言に私は訳が分からずに大きく目を見開いた。

「今日、誕生日でしょ?」
「ぁ、ああ…えっと、ギリギリセーフです」
「良かった。一緒にお祝いしよ? ケーキ買ってきたんだ」

 と、目の前に差し出されたケーキの箱。大きさからしておそらく、ホールだろう。

 彼は毎年、どんなに仕事が忙しくても私の誕生日には必ずケーキを持って一緒に祝ってくれる。私が寂しくならないように、と。

「ふふ、ありがとうございます。どうぞ上がって下さい。散らかってますけど」
「ありがとう」

 渡されたケーキの箱を受け取り、私は彼を家の中へ招き入れた。

   *   *   *

 楽器や機材に埋もれたこの家はお世辞にも綺麗とは言い難く、生活スペースがあるのかどうかさえ疑わしいが、一応二階だけは寛げる空間となっている。いつものように彼を二階にあるリビングへ通す。

「何か飲みます? ビールくらいしかないですけど…」
「いや、遠慮しとく。今日車なんだ」
「じゃあ、コーヒーでも淹れますね。適当に寛いでて下さい」
「…ん」

 カウンターキッチンになっているそこへ私はケーキの箱と共に足を運んだ。

 コポコポコポ、とサイフォンでコーヒーを淹れている間にケーキを綺麗にカットする。――色とりどりの沢山のフルーツで彩られたドーム型のケーキはまるで粉雪が降り積もったかのようにホワイトチョコレートでデコレーションされている。季節外れのバースデーケーキに思わず笑みが零れる。チョコレートで作られたプレートには‘Happy Birthday Uta’と記されている。こんな風に祝ってくれる者がいるというのはやはり幸せだ。心がぽかぽか、と温かくなる。

「美味しそうでしょ?」

 耳元で囁かれた低く聞き慣れた声に驚き、私は大きく体を跳ね上げた。

「ょ、義人さん! …驚かさないで下さいよ、びっくりした」
「ごめん、ごめん」

 年齢とは不釣り合いなほど無邪気な笑顔。私はいつもこの笑顔に癒され、そして救われてきた。私の元気の源と言っても過言ではない。

「こんな時間に来たってことはもしかして仕事だったんですか?」
「…ぁ、いや。まあ…」

< 2 / 28 >

この作品をシェア

pagetop