わかれあげまん
キスジャナイ・スキジャナイ




冷え切った空気は朽ちた枯れ木立の匂いがして、ここが人里離れた山の上なのだと柚も感じた。


「足元気をつけな。暗いから。」


運転席側の向こうから、哉汰の声がした。


確かにこの辺りには灯りがひとつも配されておらず、夜に人が歩いて登ってくることなど想定されていないようだ。



足元のアスファルトに敷き詰まった落ち葉を注意深く踏みながら、柚は車のボンネットの前に出てみて気がついた。


「わ、…柵とかないんだ…」


車の前方は、わずかに伐採された杉木立の隙間に、いわば崖の方の空へ向け頭をつっこんでいるような状態だった。




だからさっき余計なものが視界に入らずに、綺麗に見えたんだ…



と。


「うぎゃ!」


お約束のように湿った落ち葉で見事に足を滑らせ尻餅をついて、小動物的な悲鳴を上げた柚を、


「あーあ。マジでどんくさいな。あんた」


クツクツ喉を鳴らしながら迎え来た哉汰の腕が、へたり込んでいる柚を引き上げた。


「あ、…」


そのまま包み込むように柚を支え、哉汰はボンネットの前に彼女を導いた。


「くっついとけ。下手したら崖転がり落ちそうだから。」


「しっ失礼~!そこまでドジじゃないですよーだ!」


「いや、あんたならやりかねないだろ。」


また可笑しそうに言いながら腰に回した腕をギュッとされ、柚はどきりと口を噤んだ。




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