わかれあげまん
「出勤簿俺のもつけといて。玄関まで車回しとくから。」
柚にそうささやき、さっさとスタッフルームを出て行く哉汰の背に、何か言いたげにアワアワと口ごもる柚だったが。
なす術なく溜息を落として前を向くと、なにやら意味深に笑っている所長がいて、柚は更に焦った。
「あのゴーインさ。…グラっときちゃった?」
「はああ!?な、なななに言っちゃってるんですか所長!なななないですよ!も、もーほんと!冗談やめてくださいって!!」
全力否定しながら手を振りかざし言い、そしてまだ怪しむようにニヤついている所長から逃げるように、柚はスタッフルームを飛び出した。
いよいよヤバイ…
あ、
あたしって、そんな分かりやすかったりするのかな…
ゲンナリしつつ玄関扉を出たところで見渡したが哉汰の車の姿はまだない。
しめた。
このまま駅まで歩いて行っちゃおうかなあ。…でも。
哉汰に人質、…もといモノ質を取られているとあっては立ち去るわけにも行かず。
「だ~~~!もお!」
悔しそうに頭を掻いてから、柚は仕方なくつかつかと研究所のパーキングの方へと歩いて行った。
冬の夜の帳に包まれたパーキングは静まり返っていた。
あり?…藤宮くんの車…まだエンジンかかってない。
柚は訝しげに目を細め、いつもの研究所の駐車スペースを見やった。
見れば停車中の一台は確かに哉汰のいつもの銀の小型バンだった。
哉汰はまだ車には乗り込んでおらず、ボンネットの前辺りに佇んでいる。
ああ。なんだ。電話中か~。
携帯を耳に当てなにやら話し込んでいる様子の哉汰に柚は少しずつ近づいて行った。