わかれあげまん
* * *
「ダメだと言ったらダメだよ、藤宮くん。」
美術研究所の若き所長、高戸健二はらしくなく渋い顔で腕組みをし、チェアに座ったまま目の前に立つその人物を憮然と見上げていた。
「星崎ちゃんの事は何も教えられない。…彼女に口止めされてる」
「何故ですか!?」
眉根を曲げ、到底納得いかない様子で声を荒げるのは哉汰だった。
「俺はここでは彼女の助手という立場です。…だから知る権利があるはずです。」
「…」
高戸はますます顔を顰め軽く俯くと、苦しげに小さく呻いた。
哉汰はいらだつように短いため息をつき、改まるように高戸の顔を覗き込むとつづけた。
「俺にだって事態の深刻さは分かってます。…あの人は、…仲間や世話になった人にそう容易く迷惑をかける人じゃない。その彼女がいきなりここでの仕事を辞めて、…大学すら辞めて姿をくらましたんです。」
そう。
まるで、…俺から逃げるように。
俺だけじゃなく、すべての大切なものをかなぐり捨ててまで、姿を隠すだなんて。
冗談じゃない。
「このままで終わらせたくないんです。…俺。」
「え?」
高戸が目を見開き哉汰を覗くと。
苦しげにギュッと目を細め視線を逸らした哉汰は言った。
「…彼女が姿を消したのは、俺のせいだから。」