わかれあげまん
伝説の終焉
* * *
真夜中の高速道路を走る、小さな銀のバンの助手席に。
いつかのように体を縮こまらせ遠慮がちに端に寄せた柚がいた。
シートベルトを弄びながら、フロントガラスに映りこむ哉汰の真剣な表情をちらちら盗み見ては、困り果てたように小さく息を吐く。
そんな柚に哉汰は眉根を下げてクスリと笑った。
「萎えた顔…連行されてる囚人みたいだぞ?」
「えっ!?」
運転しながら哉汰は居心地悪そうにシートの中の体制を整えると小さく咳払いをした。
「…マジでゴメンな。…俺のせいでとんでもない覚悟させて。」
「…藤宮くん」
「でも、悪いけど俺は受け入れるわけにいかないから。今までもこれからも。」
息を飲み、柚は哉汰の方へと顔を巡らせた。
「でも、…だって、あたしは、」
「“わかれあげまん”?…そんなもん、クソくらえだ。」
笑み含みながら挑戦的に言い放った哉汰が柚をちらりと見てきた。
熱くて、真っ直ぐな力強いこの瞳に。この言葉に。
幾度励まされてきたことだろう。
柚は瞳を揺らしながら、再び前を見た哉汰の横顔をじっと見つめた。
「何があっても、不幸だなんて思わない。いつも隣にあんたがいてくれるなら…」
「……哉、汰くん」
潤んだ声で柚に名を呼ばれた哉汰は、長いため息をついて。
やにわに車のスピードを落とし側道に逸れた。
「柚」
ゆっくりと車を走らせながら、改まった声で哉汰が呼んだ。
「…はい」
「捨てに行こうか。…今から。」
訝しげに首を傾け、柚はまた隣の哉汰を見上げた。
捨てる?
「あんたの、“伝説”。」
「!」
「それから、…ガキっぽい俺の“拘り”も。…一緒に捨てよう」
それって、…でも、…
躊躇いに頬を染め眉根を下げた柚をちらりと見た哉汰が、一瞬だが妖艶な笑みを浮かべ、柚の胸がドキンと跳ねた。
「…いいよな?」
短い台詞の中にも、何の伺いを立てられたかを悟った柚は、真っ赤に染まった顔をばっと俯かせた。
躊躇いと緊張に小刻みに呼吸する柚に、哉汰は言った。
「前にした約束…覚えてる?“あんたとはそうならない”って。」
かすかに頷いた柚。
「その約束は守れなかったけど…でも次は必ず守る。」
「…次?」
そう、と頷いてから。
「今度は俺に護らせて。…あんたを。…怖くない。絶対独りになんてしないから。」
ぐらり、と大きく揺れた柚の大きな瞳を真っ直ぐに見た哉汰は、唇に弧を描いてそして。
「好きだ。…柚」