ブラッディマリー
 

 澄人の瞳がすっと絶対零度に染まった。


 大して力を入れず尚美の手を振り払うと、澄人は革靴でその細い指を軽く踏み付ける。



「……っ!」


「私は君達人間とは違う。ヴァンパイアに禁忌なんて概念、通じない。それに……」



 澄人は冷たい笑みを浮かべながら、尚美の手を踏み付ける足にぐぐ……と力を込める。



「あぁっ!」


「義理の息子だけでは飽き足らず、病床についてなお、夫の戦場で一度会っただけの私とも関係を結んだ、君のようなふしだらな女に礼儀など必要ない……」



 捩るように、ゆっくりと靴の角度を変えながら。



「だから、感謝するんだな。命まで奪われなかったことに」


「ひっ、い……!」



 ぎりり……と音がして、澄人は尚美の苦悶の表情を確認すると靴を手の上からどけた。



「……案外丈夫だな。骨くらい折れると思ったけど──邸内に入れてくれてありがとう、黒澤夫人」



 澄人はにやりと笑い、窓から月を臨む。雨雲の残る空、望月の明かりは頼りない。それに少なからず昂揚しながら、澄人は尚美の部屋のドアを開けて廊下に出た。





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