ここから、はじめよう
 なんで気づいてしまったのかな、と思う。黙って通り過ぎようとした黒沢の目もとが少し赤い。俺は内心、舌打ちをした。あいつ、あのまま仕事に戻る気なのか?何かあったって、バレバレじゃねぇか。
「おい」
 声をかけても、彼女は歩みを止めようとはしない。
「おい、黒沢」
二度目に声をかけたとき、ようやく彼女は振り向いた。
「…何か?」
「…コーヒー、おごってやるよ」
煙草を消しながら、近くの自販機をあごで示すと、彼女はうつむき加減のまま言った。
「…別に、いいです。欲しくないですし」
「…今、帰ったって、すぐには仕事にならないだろ?」
「…聞いてたんですね」
「聞いてたっていうか、聞こえてきたっていうか…。とりあえず、ちょっと休憩を入れた方がいいんじゃないか?」
つくかつかないかのため息をついて、彼女は「じゃあ、カフェオレ、お願いします」と言った。

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