ここから、はじめよう

　彼女にカフェオレを渡し、自分用に買ったブラックコーヒーのプルタブを開ける。なんとなく隣に並んで飲みながら、ちらり、と彼女を見た。やはり目元が赤い。
　彼女は黙ったまま、カフェオレをちびちびと飲んでいる。何か言えばいいのだろうか？余計なおせっかいだったかな、と思う。コーヒーがいつもより苦い。
「…約束、いつなんだ？」
重い沈黙に耐えかねて、俺は口を開いた。
「やっぱり、聞いてたんですね？」
　彼女の目がまっすぐに俺を見る。白目の部分が少し蒼みがかっており、見据えられるとなかなか迫力がある。
「ああ、まぁ…。彼氏、だろ？」
その迫力に押され、情けなくも俺はあいまいに答えた後、そう尋ねた。
「えぇ、まぁ…。イブに約束してたんですけど、年末進行の大詰めで行けそうになくて、『仕事だ』って言ったら怒られちゃって」
　ふっと自嘲するように笑いながら彼女は言った。たぶん、本人はその笑みが少しひきつっていることに気づいていないのだろう。
「あさってか…一日ぐらいなんとかなるんじゃないのか？」
「この時期に『一日ぐらい』ですか？」
再び彼女は俺に向き直った。視線が痛い。
「入稿だってまだ全部は終わっていないんですよ」
「それはそうだけど…でも、それぐらい誰かに代わってもらっても…」
彼女の視線が一層険しくなった。
「仕事ほっぽって行けって言うんですか？」