大海の一滴

「さちちゃん? いる?」
 薄い引き戸に手をかける。ギギギと引っ掛かりながら、扉が開いた。


 ビク。
 中に知らない男の人がいる。どろぼう?

 でも、背広を着たどろぼうなんて見たことない。
そもそも、どろぼうに会ったことないけど。


(どうしよう)


「ああ、れいちゃん」
 さちちゃんがひょっこり顔を覗かせた。男の人もれいこを見る。
なんか、無表情で怖そうな人だ。れいこは固くなった。

「大丈夫よ。この人フジさんだから」
 ガチガチのれいこを面白そうに眺めて、さちちゃんは笑った。

「こんにちは」
 フジさんは目だけ細めてれいこを見つめ、すぐにさちちゃんの方に向き直った。

「ほら、洗濯物出して」
「は~い」

「それから、カレーばっかりはダメだって言っているだろう?」
「は~い」

「タッパーにおひたしとか煮物とか詰めて冷凍しておいたから、ちゃんと食べなさい」
「は~い」

「出しておいた算数の宿題、ちゃんとやった?」
「そこそこ」

「じゃあ、ここに持って来なさい」
「え、あ。やったんだけど、どこにあるかな~」
「こら」

 テヘっと笑うさちちゃんは、いつもと違って子供らしい顔になっている。


 フジさんって、さちちゃんのお父さんなのかな?
 なんか、ちょっと羨ましいな。



「これでよし。それじゃあ、次までにしっかりプリントやっておくんだぞ」
 フジさんがさちちゃんの頭をぐしゃりと撫でた。

「は~い」
 ぶっきらぼうにさちちゃんが返事をする。

 フジさんは一通り家事を済ませると、それじゃと、さちちゃんとれいこの頭をぐしゃりぐしゃりと撫でて去って行った。


 優しそうな人だな、ウチのお父さんと違って。そう思った。



「あのフジさんって、さちちゃんのお父さん?」
「……ふふ」

 さちちゃんは、違うわ。といつものように大人っぽく微笑んだ。


「フジさんはね、お世話人よ」




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