大海の一滴
「お世話人?」
「そう。私虐待児だからね」
さちちゃんはフフ。と不敵な笑みを浮かべる。
「私はね、海で生まれた人魚姫なの」
「人魚姫?」
「そう。だから人間の親がいないのよ」
生まれたばかりのさちちゃんは、細長い板の上に乗っかって海の上をプカプカ漂っていたのだと言う。
「で、漁師か誰かが私を見つけて、施設に預けたの。しばらくはそこで生活してたんだけどね、私はこの美貌だから、子供の出来ない裕福な家庭に貰われることになったの」
大金持ちの豪邸で、しばらくは何不自由なく暮らしていたそう。
「だけど、楽しい生活というのは長くは続かないものね。子供が出来ないはずのお母さんが妊娠した。いざ実の子供を授かってしまうと、今度はどこの馬の骨とも分からない私が疎ましくなったのね」
まずは三時のおやつが無くなって、次に三食のご飯が一食ずつ減って、ついには家に入れて貰える時間が少なくなった。
結局、近所の人の通報でさちちゃんは保護されたのだと言う。
「で、虐待児童の保護活動に参加していたおばあちゃんに引き取られたんだけど」
そのおばあちゃんも、ちょっと前に身体を壊して入院してしまった。
「それでおばあちゃんが知り合いのフジさんに、時々お世話をするように頼んだってわけ。全く、お節介よね」
さちちゃんは顔をしかめた。けれどちょっぴり嬉しそうに見える。
多分、フジさんのことが好きなのだ。
「まあでも、フジさんって、ちょっとだけ私の彼氏に似ているの」
れいこの心を読んで、さちちゃんは口を窄めて頷いた。
「で、悪いんだけど今日は留守番をお願いしてもいいかな?」
「留守番?」
「そう。ちょっと行かなきゃいけないところがあるの。夕方には戻って来るから」
「いいけど。どこに行くの?」
さちちゃんがれいこの瞳を覗き込む。それから誰もいない家で、声を潜めた。
「もう一人の私に会いに行くの」