大海の一滴
「もう一人の?」
「そう、フジさんが来た時にだけね、秘密の通路が開くんだ」
さちちゃんは謎めいた笑みを浮かべた。
「でね、私はそこへ行く時は、青いワンピースを着て行くことにしてるの。海で生まれた人魚姫の正装ってところかしら」
古い桐ダンスから、さちちゃんが丁寧に取り出したのは、胸元と両脇のポケットにビーズで細工が施された、コバルトブルーで少しほつれの目立つワンピースだった。
「へえ、れいちゃんって言うのか。可愛い名前だね」
少し掠れた声の男の子が、れいこの頭をくしゃりと撫でた。
れいこは赤くなる。
「タツユキ君よ」
さちちゃんが紹介してくれた。
「タツユキ君は中学一年生で、年上なの」
私の彼氏。とさちちゃんが耳打ちする。
タツユキ君は背が高くて日に焼けていて、カラカラと爽やかに笑う男の子だった。
(でも、今って冬休みじゃないし、だとしたらこの人も登校拒否?)
「タツユキ君はね、他の県から自転車で、単身赴任中のお父さんの家にやって来たのよ」
さちちゃんが説明してくれた。
タツユキ君は中学生になった記念に何かしようと、夏休みを使って自転車旅行に出かけたのだそうだ。
「しっかし、参ったよ。慣れない事したもんだから足骨折しちゃってさ。まあ、取り合えず治るまでの間、親父の家で自習っつうことで学校とは話ついてんだけど」
もう骨はくっついているから歩けるんだけどね。とタツユキ君は笑った。
タツユキ君の右足は、白いギブスで固定されているけれど、松葉杖は使わずに歩いている。
「結構ワイルドなところが気に入っているのよ」
さちちゃんが、こっそり耳打ちした。