大海の一滴
れいこは目を閉じた。
タツユキ君の笑顔。
タツユキ君の掠れた声。
タツユキ君の匂い。
タツユキ君の優しさ。
その先に見える、さちちゃんの満面の笑み。
れいこには向けられない、一等嬉しそうではにかんだ笑顔。
(ああ、そうか)
目を開く。
いつかさちちゃんはれいこを見捨てるのだ。
そうしたら、また一人ぼっちになってしまう。
だから、その前に私は……。
「おや、随分と今日は早起きだね」
色違いのたんぜんを羽織って、おばあちゃんが居間に入ってくる。
「金目鯛、冷たいまんま食べたのかい? 起こしてくれれば、おばあちゃん温めたのに」
まあまあ、と言いながらおばあちゃんはいつものように新聞を取りに行き、いつものようにそれに目を通しながら戻って来る。
いつもの穏やかな光景だった。
おばあちゃんが映画館の幕のように分厚い遮光カーテンを開けると、やけに白く眩しい光がれいこの網膜に突き刺さった。
「あらまあ。冷えると思ったら初雪じゃないか」
れいこもおばあちゃんの隣りへ近寄る。
雑草だらけの庭に、硬く粒状の雪が十センチほど積もっていた。
ストーブはどこにしまったかね。そう呟きながら、やかんに水を入れ火にかけるおばあちゃん。
「それにしても、昨日は雷雨で今朝は雪なんて、随分な異常気象だね」
独り言なのか、れいこに話しているのか、よく分からない口調で尚もぶつぶつ続けながら、押入れから真四角のストーブを引っ張り出してコンセントを差し込むおばあちゃん。
ピーーーー。
やかんが叫ぶ。
「はいはいはい」
小走りで台所に向かう小太りのおばあちゃん。
(なんだ)
灯台下暗し。探し物はすぐ近くにあったのだ。