甘い罠
木村と田崎は、しばらく黙っていた

頭が心臓になったように脈打ち、木村の額には冷や汗が滲んだ


「木村さん今日退院したんですもんね

ちょっとゆっくりされた方がいいんじゃないです?」

内心田崎も、木村がおかしくなったのではないかと動揺しているはずだが、平静を装い、気遣うように言った

「あぁ、頭打ったからな
ちょっとおかしくなったのかもしれないな(笑)

そういえば、行ったよな
倉の花に…

俺ちょっと勘違いしてたよ」と、とりつくろうように木村は言ったが、本当は勘違いではなかった

本当に記憶はなかった


田崎と電話を切った後も、木村はなんとか思い出そうと記憶を辿ったが、無理だった

考えれば考えるほど頭痛が激しくなり、這うようにベッドに潜り込んだ


どうなってんだ、一体…

これが記憶喪失ってやつか?

よくテレビドラマなんかでやっている、突発性の…
部分的にだけ記憶がないとかいうやつだろうか…

木村は頭の中で、今日が西暦何年の何月何日か言ってみた

カレンダーと照らし合わせ、合っている…とホッとした

そうだ、田崎のことも、栄光商社の社長が野崎って苗字だということだって覚えていたんだ

うつらうつらと睡魔が押し寄せ、まどろむ意識の中で、木村はそう自分に言い聞かせていた


< 75 / 104 >

この作品をシェア

pagetop