ヘタレな彼氏と強気な彼女
「か、一輝……フランス語なんてわかったっけ?」

 おずおずと訊ねた私に、「ああ、第二外国語でフランス語やってたからね」なんてあっさり笑う一輝。

 講義が難しいんだとか、はたまた教授が目の敵にしてるんだとか、そんな愚痴は昔聞いたような気がするけど、まさか一輝がそこまで頭がいいなんて知らなかった。

 デートはいつも割り勘で、どちらかというと節約堅実、というイメージだったはずの一輝なのに頼んだものは高級メニューばかり。

 フォアグラだとかトリュフだとかそんな名前だけで、目がちかちかする気がした。

「ほら、食前酒――スパークリングワインだ。乾杯しよう、千歳」

 グラスの中で、細かい泡が立ち上っていくさまをぼんやり見ていたら、一輝が笑う。

「真珠のネックレス、よくそう表現される泡だよ。綺麗だろ?」

「う、うん――」

 確かに暮れていく夕日が反射して、グラスの中で踊る細かい泡は、きらきらと綺麗だった。

「千歳のほうが、もっと綺麗だ」

 顔を寄せて、耳元で囁かれた言葉に顔が熱くなる。

 飲み干したワインのせいなのか、心臓までどきどきと高鳴っている。

 一輝は楽しそうに笑って、おしゃべりして――それなのに、自分の心だけが置き去りにされている気がした。

 あふれる自信に裏づけされた一輝の笑顔は、誰の目にも魅力的で、その証拠に周りの女性客も、レストランのスタッフもみんなが彼を見ている。

 いつものヘタレな一輝の面影なんて、ひとかけらもない。

 そう、きっと誰が見たって、今の一輝のほうを選ぶんだろう。

 なのに――なぜか、私は……。

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