ヘタレな彼氏と強気な彼女
 でも数分で私は立ち上がった。

 買ってしまったものはいくら悩んでも仕方ない。そうだ、悩んでたって問題は解決しないのだ。

 つくづく男らしい私――ここまで来たらむしろ清々しい気さえしてくる。

 瓶をキッチンのテーブルに置いて、シャワーを浴びることにした。

 それにしても、『俺様になれる』だなんて、一輝が言ってた言葉みたいじゃない。

 思わず一人吹き出して、あの情けないヘタレな一輝が俺様男に変身したところなんて想像しちゃったりして。

「いやいやいや、それはないな。マンガじゃあるまいし」

 がしがしと量の多い髪を洗いながら呟く。

 でも本当に薬が本物で、一輝が男らしい彼氏になったりしたら、どうなんだろう――。

 友達と冗談めかして言い合ったりしてた、理想の彼氏像に一輝を当てはめてみて、やっぱり笑いそうになる。

「まさかね」

 現実にありえるわけなんてない。

 そう結論付けて、体にバスタオルを巻きつけた、その時のことだった。

 玄関のチャイムが鳴り、「千歳―来たよー」という一輝の声がドア越しに聞こえた。

 合鍵は持ってるし、一応声をかけてるだけなのはわかっていたから、適当に返事をする。

 Tシャツとデニムを身につけ、ドライヤーで髪を乾かす間に一輝が鍵を開け、入ってくる音がしていて。

 いつものことだから全く気にしていなかった私は忘れていたのだ――あの薬の存在を。

「千歳―、何これ? ビタミン剤? ちょうどよかった、ちょっと疲れ気味だったんだよね」

 脱衣所のドアを開けるなり聞こえてきた言葉で、息を呑む。

「あっ、ちょっと待っ……!」

 て、と言う前に、私が目にしたのは、一輝がテーブルに置いていた例の瓶からタブレットを出して、水と一緒にごくりと飲み込んだ瞬間だったのだ。

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