ヘタレな彼氏と強気な彼女
「へ?」

 間抜けな声が出る。

 え、えっと……そんな言葉、初めて聞いたんですけど?

 しかも心なしか、いつもより声が低音なような――。

「俺が千歳を置いてどうにかなったりするわけないだろう? だから心配するな」

 ぎゅう、と抱きしめられて囁かれたりして。

 ――お、俺?

 一輝が自分のことを『俺』と呼んだことなんて、今まで一度もなかったのに。

 唖然として見上げたら、まだ私を胸に抱いたまま、一輝が笑う。

「ほら、今日はデートだろ? さっさと支度してこいよ。いつまで部屋着のままでいるんだ」

 こら、と額を指で突付かれて、更に呆然。

「し、支度って――え、もう出かけられるけど?」

 そりゃ確かに今日は久々に映画でも見ようか、なんて話にはなっていたけど。

 だから、百歩譲って一輝のおかしな態度は見逃すとして。

 自分の格好をもう一度見て訊ねた私に、一輝は大げさに驚いた顔をした。

「何言ってんだよ、そんな格好で女の子がデートするもんじゃないだろう? いいから着替えて来い。俺好みのとっておきのやつにさ」

 ――イッタイナニヲオッシャッテイルンデスカ?

 頭の中で問いかける自分の声すら遠い。

 おかしい、これはいくらなんでもおかしすぎる。

 一輝が――あの、ヘタレな私の彼氏、相馬一輝が言うようなセリフじゃない。

 全身から血がさあっと引いていった。

 まさか、これは本当に……!?

 いつまでも答えないでいる私に肩をすくめて、一輝はなんと私を抱き上げて、部屋に運び始めたのだ。

「ほら、着替えといで。あ、言っとくけど、髪の毛は下ろしてこいよ。俺、そっちのほうが好きだからさ」

 ドアを閉める前ににやっと笑って念押しまでされて、私はまさに有名な絵画のように、叫びたい気分でいっぱいだった。
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