ヘタレな彼氏と強気な彼女
 嘘だ。

 こんなのやっぱり嘘に違いない。

 まさか現実に、こんな薬が存在するなんて。

 横目でちらちら隣を確認していた私の腕を、一輝がぐっと引っ張った。

 ちょうど通り過ぎるトラックから守るように背中に腕まで回されて、余計に言葉が出なくなる。

「気をつけろよ、千歳はよくぼんやりしてんだから」

 口調と声のトーンが変わっただけで、まるで別人だ。

 いつも情けなさを増徴するだけに見えていた茶色のくせっ毛も、白い肌も、今日は日本人離れした綺麗な外見に。

 そしてただひょろひょろしてるだけの印象だった体も、今日は細身ですらりとしたモデル並みのスタイルに。

 人が変わった、としか思えないくらいにイメージすら変わって見えてきて、急に照れくさくなってしまうのだ。

 服装だって、いつもの一輝が着ている白いシャツとシンプルな黒のデニムでしかない。

 なのに胸元のボタンが二つほど開いているだけで、なぜだか色気まで感じさせられてどきりとする。

「何赤くなってんの。また惚れ直した?」

 耳元で冗談っぽく囁かれて、あわてて首を横に振る。

「な、何言ってんの……」

 普段ならもっときつい言葉で言い返す私なのに、小さな声でもぞもぞ言うのが精一杯。

 だってあんまりいつもと違いすぎて、調子が狂うんだもん。

 ヘタレな一輝が、あんな薬一つでまさに百八十度豹変するなんて、いまだに信じられないのだ。

 大丈夫なんだろうか。もしかして本当に変な薬で脳のどっかがおかしくなっちゃったんじゃないだろうか。

 のん気にデートなんてしてる場合じゃないのでは――このまま病院に直行したほうがよかったりして。

 そんな心配までし始めていた私は、一輝がいつのまにか目の前で見つめていたことに気づいて思いっきり飛びのいた。

 履きなれないヒールの靴で、つまずきそうになる。

 すぐに支えてくれた一輝が、間近で見つめて笑った。

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