恋をした悪魔
なぜ、水の妖精はリリスを邪険にしなかったのでしょう。
なぜ、魔界の者が清浄な湖にもぐることができたのでしょう。
そんな疑問は、しかし今は後回しです。
――やっと、取り戻せた。
――早く、お父様との約束を果たさなくちゃ!
リリスは、まだ朝の遠い真っ暗な森を駆け抜けて
青年の家へと戻りました。
殺せ、殺せ、と黒光りするナイフを胸にしまって
リリスは青年の気配のするアトリエのドアを開きました。
ひしめき合う絵、鼻をつく絵の具の臭い、古びた木の床で
今にも燃え尽きそうな蝋燭が
体を丸め毛布に包まって眠る青年をぼんやり照らしていました。
手には黒鉛が握られたままで、傍にはクロッキー帳が落ちています。
開かれたページには、長い黒髪に色白の女のデッサンがありました。
女の表情は憂いに満ちていますが、微笑んでいるようでもあります。
「君は笑ったほうが、もっと可愛いと思うよ」……
青年の寝顔は、安らかで、満ち足りています。
リリスは、どういうわけか、そこから一歩も動けませんでした。