抹茶な風に誘われて。
 夕方、バイトに入ってからはすっかり優月ちゃんのことも、咲ちゃんに話す決心のことも忘れていた。

 暦上では秋に移り変わるこの季節、店内のディスプレイやお花のアレンジなんかも落ち着いた色合いに変身する。

 それはもちろん全て手作業で、おじさんが配達に出かけてしまえばあとは葉子さんと私でこなさなければいけない作業だから、あっという間に時間は過ぎていく。

「あ、そうだわ、かをるちゃん! さっき電話で注文いただいてたの忘れてた! それがまたあのお得意さん、えーっと」

 一瞬どきんとした私の横で、両手を打った葉子さんが晴れやかな顔で「そうそう、亀元くん!」と叫ぶ。

「あら、がっかりした? 今日は一条さんじゃなくて残念だったわね~」

「そっ、そんなこと……!」

「うふふ、いいのいいの、隠さなくても。まあ代わりにって言っちゃ悪いけど、亀元くんと息抜きにお茶ぐらいしてきてもいいから、配達行ってきてくれる?」

 笑いながら葉子さんが差し出したメモ用紙には、予想通りというべきか、『駅前裏通り、ムーンリバー』の名前。

 以前一度花束の配達をお願いしてくれた亀元さんが、その後ちょくちょく頼んでくれるようになっていたから。

「あ、でもお店忙しいですし、すぐ帰ってきます!」

「大丈夫よ、うちの人ももうすぐ配達先から戻るし、あとはあたし一人でもなんとかなるから。ちょっと休んでらっしゃいな」

 優しく送り出してくれた葉子さんにお辞儀して、私はグリーンのエプロン――フラワー藤田の名前が入ったお店のもの――を付けたまま、自転車にまたがった。

 今日のご注文はバラを中心にまとめたアレンジで、赤系の花にドラセナやコーディラインなんかの葉を添えたバスケット。

 葉の間にさりげなくグリーンアップルが顔を覗かせているところが秋を感じさせて、さすがは葉子さんのセンスだと感心してしまう。

 アレンジを壊さないようにそうっと走りながら、商店街を抜け、駅前に続く大通りに出た時のことだった。
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