抹茶な風に誘われて。
「ちーっす、あっけおめーっ! アーンドたっだいまーっ!」

 玄関から響いた大声で、やっと腕の中から解放された。

 何気ない顔で出て行く静さんに続いて、隣の部屋からハナコさんたちが顔を見せる。

「あらもう帰ってきたのお? もっとゆっくりしてくればよかったのに。あんたも実家久しぶりだったんでしょー?」

「やーだよあんなかたっくるしい家。あー肩凝った。あいかわらず兄ちゃんたちは小難しい話ばっかしてるしさ。ま、俺なんか帰っても帰らなくても同じだって」

「まあまあ、そんなこと言わずに帰ってやんなよ。生きてる間しか孝行はできないもんだしね」

 気持ちよさそうにタバコの煙を吐き出す香織さんに、「そーかもだけどさー」と亀元さんは頭を掻いている。

 話に入れないでいる私に気づいて、静さんが通り過ぎざまに私に耳打ちしてくれた。

「え……大病院のご子息? 亀元さんが?」

 思わず声を大きくしてしまった私はあわてて口を押さえるけれど、気にした様子もなく本人が頷いた。

「そ。っつっても男ばっかの末っ子だけどねー。兄ちゃん三人とも医者だから、別に俺は跡取りとかそんな必要もないけど。もともと俺だけなんでか頭の出来悪いからさ、みんな俺に期待なんかしてなかったつうか。でも顔見たら説教だからできるだけ帰んないわけ」

「そ、そうだったんですか……」

 ごく軽い話のように笑いながら話す亀元さんは、「さみー!」と肩を震わせながら中に入ってきた。

 私が作ったお汁粉を囲んで、くつろいでいるその顔はいつもの『万年最下位ホスト』と自己紹介する明るい亀元さんにしか見えない。

 金に近い茶髪をかきあげてまた大騒ぎしている亀元さんのそばで、そっとハナコさんが私に言った。

「ああやって明るく笑えてんのもホストになってからなのよ。吹っ切れたっていうのかしらね。中学出て家出しちゃってから、あの子も結構やさぐれてたみたいだけど。勘当状態だった実家に帰るようになったのもここニ、三年の話なの」

 驚く私に頷くと、ハナコさんがからからと笑う。
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